小市民のイージーライフ

日常生活の様々な話題を綴るブログですがしばらくは小説を書いてみます。

    小説

     相変わらずマーモーは元気で、我が家の生活にすっかり慣れきった。小屋の外の牧草に、俯せで両手をべったり広げて、おおっぴらに寝っ転がったりしだした。近づくと、寝そべったまま顔だけ上げて、ちらっと見ると、あぁあんたかみたいな感じで、またもとの体勢で寝っころがったりして。全然動物的な警戒心などあったもんじゃない。まぁ、信用されているって証でもあるが。

     時々、不意打ちで鷲掴みにしてやるのだが、その時ばかりはさすがにもがく。でも、直ぐにもがくのを止め、鼻をヒクヒクさせる。そして、小さな口を思いっきり開けて、欠伸なんかする。やっぱり、信用されているのだ。

     きっとこんな性格じゃ、利己剥き出しの自然界ではやっていけなかっただろう。食物連鎖の底辺の悲劇を、真っ先に浴びせられてるくちだろうよ。まぁ、家族で暮らしていれば別かもしれないけど。それとか親友がいたら助けてくれるかもしんないけど。

     案外こんな暢気な奴に限って、ちゃんと守ってくれる者がつくものなんだ。時には自らを省みず、体を張って守ってくれたりする者が。

     よく考えてみれば、世の中万事利己じゃないんだよな。人助けもあるんだよ。博愛って言うか、利己の反対。ボクはテレビの横にあった辞書を手にとって引いてみた。利己の反対は利他と載っている。利他? なんか変な言葉だけど、まぁ、賢そうに聞こえそうだから、今後、利他って言いましょう。

     ボクだって利他的な行いは、速攻具体に思いつかないけど何度かしてきたはずだぜ。まぁ、それだって、根源的には利己に根ざすもんじゃないのかって言われると、自信ないけどさ。

     他者救済が、自分の利益として返ってくる事を、漠然と結論づけてるところもあるからな。子供の頃から、鶴の恩返しなんかが、事例として鮮明にインプットされてるんだよね。正直、見返りを考えての利他ってのもあるんじゃないのか。つーかそっちの方が多いかもな。でも、そんなんばっかりじゃないっつーのも事実だよな。

     例えば、マーモーが野良猫に襲われそうになったら、ボクは絶対助けるぜ。モルモットからの見返りや恩返しなんて、万が一も期待してないけどさ。まぁ、道ばたで出会った見知らぬ野良モルモットだったら同じようにはいかないけど、マーモーなら絶対助けるよ。

     この動機はやっぱり愛じゃないのかな。愛が大きいか小さいか。愛があるか無いか。野良モルモットでも、判官贔屓で助けるかもしれないけど、それも一種の愛だよな。病原菌の沸いた溝ネズミなら、無視するかあるいは野良猫の方を応援するぜ。

     まぁ、愛だけじゃなくて、救済者に対する信用の度合いってのもあるかもしんないけどさ。
     いずれにせよ、他者救済に直面して利己か利他かの選択を迫られた時、自分への見返りを計算する様な人間にはなりたくないよな。 救済者に対する愛でさっと動きたい。

     助けられる者も、愛情的救済の方が心身共に気持ちよく救われるんじゃないのか。
     でも、実際、自らの命にまで関わる事態に直面したら、そんなきれい事言ってられないかもな。
     この前ニュースで、そんな極限状態での愛の勝利が報道されてたけどさ。

     動物園で、我が子が熊の檻の中に転落し、それを母親が救いに行ったという話。我が子への愛が、自身の身の安全という利己を凌駕した端的な例だけどさ。実際臨場したら、いちいち天秤に掛けてる暇なんか無いんで無意識で檻の中に飛びこんで行っちゃったんだろうね。愛の底力って、計り知れないものがあるよな。

     でも、動物園だったんで助かって愛の勝利だったけど、山の中だったら熊の勝利だったんじゃないのか。なおさら不幸な出来事になるぜ。

     愛にも限界があるってことをリアル考えておかないと、悲劇を大きくする場合もあるよな。
     ボクなんか、どっかで遭難して親子だけになったら、究極の空腹時にどういう行動を取るのかね。
     自分が死にそうなくらい空腹でも、やっぱり子供に与えているか、それとも自分だけガツガツ食っているのか。まぁ、その中間で、均等に分け合うこともあるかな。無意識が働くほどの究極だったら分け合うは無いか。子供か自分かの二者択一。究極の選択だぜ。

     まぁいくら考えても、平常時に答えが出せるはずがないよな。心の深部に潜む愛の底力は、極限状態でしか発揮されないからな。
     そんな極限状態ならいざ知らず、世間には愛のかけらも無い奴がいるよな。

     鬼畜生! 悪の塊みたいな奴がさ。我が子に暴力を振るって、食事も与えず餓死させてしまうような親。それで夫婦そろってパチンコに行ってたなんて、どっか狂ってるぜ。そんな奴ぁ一生無限地獄の土壺にはまってろってんだ。一生じゃないか。死んでからもだから未来永劫ってこと。五十億年後に太陽が爆発しても、ずっと苦しみなさい。ずっと食事抜き! ずっと鞭打ち! 死ぬほど腹ぺこで痛いのがエンドレス。ボクは拳を握りしめた。

    「あんた、ぼーっとしてないでマーモーにキュウリでもあげて。ヒーコヒーコ鳴いてるやんか」
    「ふぇーい」
     家内から現実世界に連行され、冷蔵庫からキュウリを取り出した。
     長男の裕一がリビングに入ってきた。

     パンツが半分出てズボンの裾を引きずっている。何度か注意をしたが効果無しだ。
     まぁ最近はその引きずった裾が、リビングの床を乾拭き掃除してくれているんだと前向きに考えるようにしてはいるが。

     ボクらおやじには、一生理解不能なファッションだ。

     最近、こんな若者を町中でもよく見かける。その度、どうにかしてやろうかという気持ちに駆られる。殿中松の廊下じゃあるまいし、いつかめちゃめちゃ弱そうな奴がそんなかっこうしてたら、各々方各々方って寄っていって、パンツごと全部引っぺがすか、股に食い込むほど釣り上げてやる。他人に対しても、大人が勇気を持って接する。それが教育ってもんじゃないのかな。なかなか出来ないけどさ。

    「僕アメリカ行くわ」
     裕一はおもむろに切り出すと、ソファにふんぞり返った。

    「遠足かぁ?」
     ボクは、キュウリを持ったまま訊き返した。
     私学なら遠足でアメリカぐらいに行くだろう、そう思って何の違和感もなく訊いた。

    「違うよ」
     裕一は一寸照れ笑いした。

    「留学よぉ」
     家内の目がまん丸に開いた。

    「留学って・・・・・・あんたアメリカの行き方知ってるんか」
     家内の質問も変だ。
     裕一はぼそぼそ続けた。

     日曜日、マーモーの家を造ることになった。
     次男が、鉄製の檻は狭すぎてかわいそうだと言い出したからだ。 そう言われると、何となくマーモーが監獄の檻の中にでもいるような感じになって哀れに思えてきた。

     ボクは家内に建築届けを出した。
     チラシの裏にマーモー宅の設計図を描き、家内から建築許可を得た。次男を従え、ホームセンターで材料を調達し建築開始だ。
     一メートル四方のベニヤを底板として、周囲に木の柵を設けた。当初設計では、底板は畳一畳のサイズだった。が、予算の関係で家内から建築許可が下りなかったため一メートル四方になった。柵の中には木箱の家を置き底板に牧草を敷き詰めた。

     マーモーのミニ牧場は半日ほどで完成した。
     設置場所はリビングの一番日当たりの良い窓際。

     マーモーは最初は不思議そうに首を傾げていたが、日に日に慣れてきた。いつしかミニ牧場を所狭しと駆け回り、牧草をつつくようになった。時々ヒーコヒーコと鳴きながら、柵に手をかけ二本足で立ったりもする。餌のおねだりだ。

     大好物はキュウリ。シャリシャリと音を立てて気持ちよく食べる。キャベツやレタス、リンゴ、バナナ、トマトなど色々与えたが、やっぱりキュウリが一番好きみたいだ。
     カリカリと柵の木も囓るようになった。こらって言うとぴたっと止まる。そして、直ぐにまたカリカリ囓る。柵の木は、高さ二十センチ、幅五センチ、厚さ二ミリの薄っぺらな板なので、徐々に噛み破られていった。

    「出たいんやな。外に」
    「まあ、あんだけ一生懸命囓ってるんやったら。思いを遂げさせてあげたいわね」
     家内が缶コーヒーをチビリと飲む。

    「柵を一つ外してやろうか」
    「まぁ、せっかく一生懸命やってるんやから自分で出るまでやらしてあげたら。この調子じゃそんなに日はかかんないでしょう」
     家内はマーモーに対しては寛大で優しい。

     それから一月ほど経った頃だったろうか。朝、リビングに入ると部屋の真ん中でマーモーが徘徊していた。

     ボクは驚いたがマーモーの方は驚く様子もなく、こちらをちらっと見ると踵を返した。
     急いで逃げるといった風でもない。こりゃどうもと言った感じの軽快な足取りで、自分の家の方へヒョコヒョコと向かった。そして、自分の歯で破って広げた柵と柵の間をするりと入り抜けた。

    「おい、一晩中遊んで朝帰りか。うらやましい身分やなあ。叱られることもないし」
     マーモーは、振り向いてじっとこちらを見ている。
     ボクはカーテンを開けた。目映い朝日が差し込んでくる。マーモーは柵の外を堪能し尽くした様子で、ゆっくりと横になった。

     家内はまだ起きてこない。夜中二時に目が覚めたら、隣の布団でまだ起きて小説を読んでいた。その頃、マーモーは夜のリビングを悠々と闊歩していたのだ。

     暫くすると、ギシギシと階段が軋む音がする。パジャマ姿の家内だ。頭の毛が飛んでいる。マーモーのことを話したら、とうとう脱出したのと笑顔をつくった。

     マーモーが、柵の広がったところからまた出ようと頭を出した。また出たいんか。忘れもんでも思い出したんか。と、注目するとマーモーは頭を柵の外に出した状態で静止した。

    「うぅ、考えてる。出たら叱らえるんちゃうか思うて考えてるわ」
     と家内が笑う。

    「叱らんから出ておいで」
     家内は、更に嬉しそうな声で両手を差し出して呼びかけた。
     マーモーの静止がかわいい。やがて、きょろきょろ首を振って左右を伺うと、小さな前足を交互にそろりそろりと出した。大きな腹と腰が柵の間だに挟まって絞られる。放漫な体がペタンと音を立ててフローリングに着地した。

    「出た出たっ」
     家内が喜ぶ。
     差し込んだ朝日がレースのカーテンにさんざめく。マーモーの柔らかい毛の一本一本にも光の粒子が降り立った。ぽっちゃりとした放漫な輪郭が仄かに揺れ動く。まるで神秘的な力でも降臨したかのようにマーモーが二、三度跳ねる。埃が粉雪のように舞い上がってマーモーを包んだ。
     
     おかしい、昨日あんなにケンカしたのになんで今朝こんな雰囲気なんだろう。ま、わざわざ蒸し返す必要もないのだが。年のせいか夫婦げんかに勢いと持続力がなくなったような気もするし。ま、それはそれでええか、とか考えてたらマーモーが近寄ってきた。

     ボクと家内をじっと見て口をもごもごと動かす。何か言っているようでもある。
     そう言えば、ケンカの時も小屋から半分だけ顔を覗かせてじっと見ていたっけ。上目遣いの暗い目で覗き見するようにじっと見ていた。きっと、ボクらに言いたいことがあるのだろう。

     あっ、と家内の顔が曇る。
     マーモーのお尻から茶色い粒がポロポロ落ちた。ひぇ~ウンチだぞ。点検するとあちこちに落ちていた。さらに、テーブルタップの線がかじられていた。

    「ま、やっぱり一人で外出するのはあかんわね」
     家内は、かじられたテーブルタップを差し出した。
     ボクは少しばかりは自由をさせてやりたいと思ったが、いつもの調子で、「ええやんか、そのくらい」とやると絶対ケンカになるので、今日のところは、家内との諍いを避け首を立てに振ることにした。

     次男が箱を斜めに持ち上げた。
     マーモーが、ゆっくりと箱の中から滑り出す。

    「で、でかい!」
     ボクは思わず声を上げた。

     体長は二十センチはあるだろう。
     ふさふさとした光沢のある毛、耳が長ければウサギの子供と言っても差し支えない。顔は小さいが、腹から腰にかけてでっぷりと肉が付いている。顔は黒、体は茶色、首のまわりは襟巻きを巻いたような白。その襟巻きの白が、頭の真ん中まで細く伸び、そこで茶髪になって一筋立っている。口元に数本ピンと張った白髭も上品だ。鼻がヒクヒクと動き、クリクリっとした目はキラリと潤んでかわいい。

     我が家との対面に緊張しているのか、マーモーは、紅葉の若葉ほどもないお手々を、グッと開いて固まっていた。

    「脅かしてゴメンやでー」
     家内がはれ物にでも触るように首の横を指先で撫でる。次男が干し草を一切れ取って口の近くに付けた。
     だがやはり固まったまま動かない。

    「あんた、あんまりじろじろ見たらマーモーが怯えるからあかん」
     家内が牽制する。じゃあお前のどアップの顔はなんなんだよ。マーモーから見たら、人間の鼻の穴なんか何か出てきそうで怖いと思うよ、きっと。
     
     それにしても、ペットっていったいなんだろうねぇ。
     みんな犬とか猫とか盛んに飼ってるけど。かわいいから癒される効果はあるんだろうけど、ただそれだけでしょ。悩みの相談に乗ってくれるわけでもないし、何かを生産してくれるわけでもない。ニワトリなら卵でも産んで若干の見返りもあるけど、モルモットなんか乳も出ないじゃない。

    「だからペットなのよ。生産性があったら家畜になるわ」
     家内はまだマーモーを撫でている。

    「インディアンはモルモットを食べるために飼ってたんやって」
     次男は本で読んだらしい。いつか喰ったろかぁ、と言ったら家内からーグーパンチが飛んできた。あた~。
     確かに、これだけ大きくて肉付きが良ければ、腹ごしらえにはなる。毛が毟られて串刺しにされたモルモットが、焚き火でクルクル焼かれる姿を想像した。

     家内も一瞬想像したのかしかめっ面になった。
      ひとしきりモルモットを見たボクは、冷蔵庫に向かい缶ビールを掴んだ。

    「あんた、扶養家族が増えたんやから、これから一寸は節約せんとねえ」
     なぬっ、モルモットが扶養家族ってか。確かに、支出の増加は確実だから理屈には合っている。 最近、我が家では何かと支出削減が叫ばれるようになった。

    「鮎釣り、先週も行ったでしょう。ビール、発泡酒にしたら」
     その矛先は、常にボクの趣味嗜好に向いている。
     確かに、年々給料は下がっているのだ。この下りはいったいどこで底を打つのかわからない。

    「ふぇーい」
     とボクは生返事をして、ビールをこそっと取り出した

     家内と次男がティッシュ箱のような紙箱を囲んでいる。

    「あんた、脅かしたりしたらあかんのやで。まだ子供やし、ストレスでお腹壊したり毛が抜けたりするんやから」
    「けへっ、たかがネズミの分際で」
     ボクは晩酌でできあがっていた。

     家内の隙を見て素早く箱に手を伸ばすと、カルタ取りのように手が飛んでくる。
    「こらっ、おっさん」
     家内の罵声が響く。

     家内は私の方を睨むと、一転していたわるように箱を見つめた。
     家内が干し草を掴んで、ほらほらと紙箱の前に置く。

     だが、なかなか出てこない。
     えーい焦れったい。

     箱の中から鷲掴みにして、口のところに干し草をねじだれぇと思ったが、今言うとボクの口にねじ込まれそうなので止めた。

    「きっと、みんなが見てるからや。一人にしておいたら食べるわ」
     家内はリビングからの撤退を全員に命じた。しかたなく、ボクも肉じゃがと缶ビールを持って立ち上がった。
     と変な臭いが。

    「ションベンの臭いやで」
     ボクが言うと、家内が眉間に皺を寄せる

    「確かに、おやじの言うとおり臭いで」
     次男はまた箱の方に向かった。

    「あんたが脅かすからやん」
    「ええ、なんもしてないや~ん」
    「あんたの酒臭い息がかかったんや」
     言いがかりも甚だしい。が、変な臭いはいよいよ強くなった。

    「箱から出して拭くしかないで」
     次男が促す。

    「マーモー、おーよちよち。お尻拭くからねー。ゴメンやでー」
     マーモーときた。もう名前まで付けてやがる。

     家内は、けったいな声を発しながら、箱にごそごそと手を入れた。箱がゴトンゴトンと鳴っては止まり、鳴っては止まりするが、マーモーとやらはなかなか出てこない。さすがに焦れてきたのか、家内の

    「おーよちよち」というけったいな声は、徐々に低く絞り出す様になった。
     あぁ、焦れったいつまみだせっ。
     と、家内がアターッ! と奇声を発した。

    「噛まれたっ、噛まれたわ。優しく噛まれた」
     家内は複雑な顔で右手をかざした。

     その様に、ボクと次男は思わず声を上げて笑った。家内が口を歪めて睨み付ける。

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