小市民のイージーライフ

日常生活の様々な話題を綴るブログですがしばらくは小説を書いてみます。

    鮎釣り

     酔っぱらった中村が寄ってくる

    「純太、おまんがなんぼ鮎掛けが上手いゆうたち、高瀬名人にかかったら赤児同然ながよ」


    「おらぁ誰にも負けんちや」

     中村の嘲るような言い回しに純太は語気を荒げた。


    「これが土佐のいごっそながよ。おらぁ純太が好きぞ。ほりゃ飲め」

     万作爺さんは嬉しそうに純太に酒をついだ。


     舞のよろけながら純太に近寄


    「えいか、おまんがそればあ言うがやったら、高瀬名人に勝ってみいや。勝ったら何でもおまんの言うこと聞いちゃらあや」

     そう言って、酔った体を二、三度揺らせると、一升瓶を握ったまま地べたに落ちるように胡座を掻いた。


    「お、お兄ちゃん」

     舞はそう言って唇をかんだ。

     

    「純太、おまんやったら相手がプロでも絶対負けんがよ」

     目立ての銀地が豪快に笑

     純太は立ち上がってコップ酒を一気に飲み干した。


     座は再び静まりかえり、安田川のせせらぎだけが闇から響いている。


    「で、場所はどこでやるのでしょうか?」

     久米が静かに訊く。


    「島石ながよ」

     そう言って純太は川のそばに燃え盛る焚火に薪を投げ入れた。

     火の粉が暗闇に舞い上がる。


     周囲から川の音を消すほどのどよめきが起こった。


    「おまんらあほんまにやるがかっ。止めちょけ止めちょけ。よりによって島石らあみたいなこわいく(危険な場所)でやることないがよ


    「いや、でもあそこやったら鮎が大きいきに純太にも勝ち目があがよや」


    「あほう、全国大会十連覇のプロに純太ごときがかなうかや。寝言ばあ言うなや

     再び酔っぱらいの喧騒が大きくなった。

     宴会は二人の鮎釣り試合の話で夜更けまで延々と続いた。

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    「鮎釣りを楽しいと思うだけの人間はそれはそれでええがよ。そやけんどな、自分がもっと上手になりたいと上を目指す人間は常に闘うことや。それは自分と闘うこと。そして他者と闘うこと。自分より上手な人間と闘うことで、その闘いの最中に自分でも驚くほどの釣技が出現するがよ。鈴木徹斉とはそんな男やった。もう一度、おらは身震いするような男同士の高揚を見たいがよね」
     白髪男は言い終えると純太に視線を移した。
     
    「また大学出のマサの講釈が始まったか。おんしゃはその理屈こねるんがなかったらもっと上手うなっちょったがよね」
     近くで聞いていた老人が笑い声をあげた。
     白髪頭は一向に取り合わずに純太の方に身を乗り出す。
     
    「純太。お前は高瀬名人と闘え」
     純太が傾けたコップ酒をピタリと止めた。
     
    「おらぁ誰ちゃあに負けんがよ」
     純太の目に焚火の炎が映って燃える。
     
     久米の目は純太にくぎ付けだ。
     
    「おーい久米さぁーん」
     と足のもつれた隆人がなだれ込んできた。

     すぐさま後についた慎也が抱きかかえる。
      白髪頭はやおら立ち上がると慎也の前に進み出て深く腰を折った。

    「高瀬名人。うちの純太と一緒に鮎釣りをしてあげてください。ぜひ!」
     白髪男の大きな声に、時間が止まったように宴は静まり返った。

     皆の視線が慎也の一点に集まる。
     白髪男は腰を折ったまま慎也の言葉を待った。

    「いいでしょう。私も上手な方と一緒に鮎釣りがしてみたい」
     慎也は純太に視線を合わせると頭を下げた。
     
     久米が手を掲げて拍手をすると皆もつられて拍手をした。

    「おーいっ、もぅお開きか? あん‥‥‥」
     隆人はそう言ったっきり、慎也の手の中でぐったりと目を閉じた。

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    「ほう、なるほど、その針で先週八十一匹も掛けたんですね」

     久米が問う。


    「銀治の研いだ針は刺さりがちがうがよ」

     純太は満足げにコップ酒を一気に飲みほした。

     

    「おいっ、おんしゃらあワシのハリもたまには研ぎに来いよー」

     長く伸ばした白髪に赤いバンダナを巻いた初老の男が近寄ってくる。

     

     純太は目を細めて会釈をした。

     

    「おんしゃあ。まっこと上手になったねや」

     白髪男は純太の横に腰を下ろすと酒を注いだ。

     

    銀治。おんしゃの目立てもオヤジさんを超えたがよ」

     白髪頭は隣の銀次の肩にポンと手を乗せた。

     

    「出藍の誉れよの。わかるか銀治?」

     銀治が苦笑いで首をひねる。

     

    「マサさん、おららあぜんぜん勉強はしちゃあせんきに許いとおせ」

     銀治は大きな肩をすぼめた。

     

    岡田さんの泳がせ釣りの唯一の継承者のマサが教えた純太は、いつの間にかマサの倍も釣るようになった。純太は岡田さんの全盛期よりはるかに上手やとわしは見ちょるがよ

     万作爺さんが話に絡む。

     

    岡田さんって、高知の伝説の鮎釣り師岡田八十吉のことですか

     そういって久米が身を乗り出した。

     

    「ああそうじゃ。岡田さんはうちの村の出身者じゃよ。あの頃は鮎釣り大会とかはまだなかったけんどな。大阪やら岐阜やらから鮎の腕達者な連中が岡田さんのもとに来ては試合を申し込み、ことごとく岡田さんに負かされたんじゃ。それで帰るころには皆岡田さんの弟子になりおったわ。そういや和歌山から来た若造も岡田さんと一戦交えて負けた後に弟子になりおったが、あれが一番飛びぬけて上手じゃったと岡田さんはいつも言いよったが、かわいそうに事故で死んでしもうたらしいわ。えーと名前は確か‥‥‥

     万作爺さんが思い出せずにいると横から白髪男が口を開いた。


    「鈴木ですよ。鈴木徹斉」

    「おおそうじゃそうじゃ」

     万作爺さんはポンと手を打った。


    「ワシは鈴木には全く歯が立たんかったがですきに。ヤツは天才でした。ヤツが生きていたら岡田さんの継承者は間違いなくヤツですよ。いや岡田さんをはるかに超えていたかもしれんがです」

     白髪男は語尾を震わせると弦月を見上げながら続けた。

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    「純太、この前平瀬でようけ掛けたらしいなぁ。万作爺さん、純太に酒注いじゃってや」

     万作爺さんと呼ばれる老人が純太に酒を注いだ。


    「純太、おまんは仕事もようやる。鮎もようやる。後は嫁だけながよ」

     万作爺さんは注ぎ終えてそう言うと今度は舞のそばに腰を下ろして「舞、飲め」舞の肩にポンと手を置いた。

     舞は口元だけで笑顔をつくってコップを差し出した。


    「おまん、ほっちょきほっちょき。若いもんは若いもんどうしでえいがよね」

     清子が口を挟

     純太はコップ酒を一気に飲み干すと口元を手の甲で拭った。


     座はもとの喧騒に戻りそこかしこで献杯が繰り返され


     高知の酒の飲み方は半端ではない。

     舞もコップ酒を飲み干していた。


     隣では目立ての銀治と呼ばれる巨漢が、一升瓶をラッパ飲みしてい


    「目立ての銀治、おんしゃあ(お前)ちっと味おうて飲め。水じゃないがぞ」

     痩身の老人が銀治の頭をパンと張ったが、銀治は一向にお構いなしだ。


    「あのぉ、目立てって何ですか?」

     久米が虚ろな目で問い返す。


    「武士の刀研ぎながよ」


    「はぁ、武士の刀?」


    「おららあ杣夫はねや、昔は武士の刀みたいに腰にでっかい鋸をぶら下げて山を歩き回りよったがよ。目立て言うたら、その鋸の歯をヤスリで削る仕事ながよね。こいた(こいつ)の家は代々目立てなが。原木をでかい鋸で切りよった時代は、ほりゃ大事な仕事やったけんど、かわいそうに今はチェーンソーの時代になってなんちゃあ無いがよ」

     老人は寂しそうに目をしばたたかせた


    「けんど今は、その目立てがおもしろいもん研ぎゆうがよ。なぁ、銀治」

     万作爺さんが銀治の肩を揉んだ。


    「何を研ギユウガデスカ?」

     隆人が土佐弁を真似ねると皆がドッと笑った。


    「鮎掛けバリながよ」 

     純太が答えた。


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    「おっ、今日は目立ての銀治も一緒か。おんしゃらあ(お前ら)いつ仲直りしたがなや。まぁ座れや。」

     村長は優しい顔で二人を手招いた。


    「銀治、石持ってこいや」

     純太と呼ばれる小柄な男が大男の銀治に言い付けた。


    「おぉ、おまんらあ鮎の味噌焼きやるがかそらたまらんぜよ」

     純太の持った味噌袋にさっきよさこい節を歌っていた老人が喜んで手を二、三度叩いた。


     銀治は直ぐに平らな大石を担いで戻ってくると炭火の横に立てかけた。

     そして、炭火に薪を入れると炎で石の表面を焼き上げ石を倒した。


    「なるほど石の鉄板焼きですか」

     久米が興味深げに近寄


     純太は持ってきた味噌を惜しげもなく袋から絞り出し、分厚い味噌で輪状の土手を焼石の上に造った。


     味噌がジュジュッと焼け


     味噌土手の内側にまだ生きている鮎をぶち込み、砂糖と塩と酒を振りかけ生卵を落とすと素早くかき混ぜた。


     ジュワジュワという音と共に、鮎や味噌が渾然一体となって何とも言えぬ香りが立ちこめる。


    「こら、たまらんぜよ。高瀬さんもやってみて下さい」

     言うが早いか、村長は既にバクバク食べていた。


    「男しだけに食わいてたまるか。舞ちゃんらあも食べてんや」

     清子が皿に盛

     始めて食べる鮎の味噌焼きに、慎也らは舌鼓を打った。


    「こんな旨い食べ方初めてやがな。馬路は最高や

     隆人は口をハフハフさせた。


     純太は更に持ってきた新聞広告の包みを皆の前に開いた。

     ウナギの蒲焼きだ。


    「さっき焼いたばっかりながよ」

     純太と銀治は椅子には座らず、一抱えの石に腰を掛けて酒を飲み始めた。


    「おい純太、慎也名人に無礼すなよ」

     耳元で囁く中村を純太は睨み返した。

     

     乾純太。

     先週、八十一匹もの鮎を掛けた男である。

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