蒸し暑くて寝苦しい夜だった。
家内の横で長男と次男が大の字になっていた。
僕は次男に寄り添うように寝転がった。
次男が寝ぼけてしがみついてくる。
僕は次男の額のにじんだ汗をシーツで拭きながら添い寝をした。
その週の土曜日から僕の鮎釣りが始まった。
早起きをして勝浦川に出かけた。
鮎釣りは最初のオトリをオトリ店で購入しなければならない。
オトリ店で最近の釣果情報や釣れるポイントなどの情報も仕入れることになる。
オトリ店の看板を見つけると僕はドキドキした。
釣り客が多くたむろしているオトリ店は気が臆して敬遠した。
行ったり来たりしながら結局一番最初に見つけた民家のようなオトリ店に車を止めると、中から前掛けをしたおばさんが出てきた。
「オトリやね」と訊かれ「あ、はい。二匹ください」とオトリ缶を車から出した。
水槽から網ですくわれたオトリ鮎がオトリ缶に入れられた。
一匹五百円なので千円を渡して立ち去ろうとすると「にいちゃん、ブクブクもってないんけ」と言われた。
心の中でブクブクってなんのことよ? と思ったが「ちょっと忘れてきまして」と答えた。
「そしたらあんまり遠くに行かれへんなー。このあたりはあんまり釣れへんで」
おばちゃんが僕の顔をじっとのぞき込む。
初心者と見透かされたような感じだ。
「いや、まあ竿が出せたらそれでいいので、このあたりで遊ばせてもらいますわ」
僕は無理やり笑顔をつくった。
「そうけ、まあほんならがんばって釣ってください。少し上の赤い橋の周辺がぼちぼち上がってますんでな」
おばちゃんは目を細めると首にかけていた手ぬぐいを取って大きくお辞儀をした。