審判の万作爺さんが慎也と純太の間に立つ。
「試合時間は二時間。今から囮を二匹配るきに配ったら試合開始じゃ。今九時前じゃきに十一時までにここに戻ってこの木に触ること、触れなかったら失格ながよ」
万作爺さんは穏やかに説明をした。
遠くから見る群衆の中の若者が首を傾げて呟く。
「この光景って前にも見たことがあるような」
「ワシも思うたがぜよ」
そばに座っていた老人がその若者に答えた。
「あー、そうじゃそうじゃあの昔に和歌山から若いのがきて岡田名人と鮎釣りの試合をしたじゃろが。あの時の若いのにそっくりじゃて。おまんはまだ子供じゃったきにあんまり覚えちょらんろが」
若者がこっくり頷くと、別の中年男が口をはさんだ。
「ということは、あの時も高知対和歌山で今度も高知対和歌山ながかえ。何の因縁か知らんけどこりゃまたおもしろいがやねえ。しかも乾の純太は岡田さんの孫弟子やろが」
「そうながよ。これであの和歌山の高瀬とかいう名人が前に来た若いがの弟子やったら世代を超えた対決になるがよね」
別の男も加わり皆が笑い声をあげた。
そんな喧騒をよそに白髪男のマサはずっと口をつぐんだまま対峙する二人に視線を送ったままだ。
村の若衆が囮鮎を持ってきた。
慎也と純太の周りの空気が一挙に張り詰める。
いよいよ試合開始だ。
ヒキブネの蓋が開かれ、囮鮎が素早く二人のヒキブネに入れられる。
と同時に万作爺さんの甲高い声が島石中に響き渡った。
「はじめえーっ」
慎也と純太は小石を蹴散らして俊敏に踵を返した。
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