隆人には返す言葉が見つからない。
明かされた慎也の悩みは予想だにしないものだった。
雅が慎也の姉だなんて・・・・・・、にわかには信じがたいが本当の話だとしたら大変なことだ。
「できているかもしれん」
隆人は、駆け落ちの際に慎也が照れくさそうに呟いた言葉を鮮明に覚えている。
茨のように縺れていく思考の中で、一つだけ確実に言えることは慎也が変化の途にあるということだ。
雅の失踪以来、慎也が隆人に対してこれほど内心を暴露したのは初めてだ。
慎也の心の奥底で閉じていた固い鉄の扉、どうしても開くことのなかった鉄の扉が今ゆっくりと開き、その中にこびり付いていた鉛のような異物が舞の存在によって溶融しつつある。
しかし、その煮詰まった坩堝が純度の高い理性に包まれた生産物を生み出すかどうかは分からない。
燕が慎也の目の前を何度も滑空する。
慎也は石の上に飛び乗ると両拳を握りしめた。
「乾純太はまだかっ!」
振り返った慎也は一転鮎鬼の形相になり、睨まれた隆人はたじろいで一歩二歩と身を引いた。
河原に降りる小道の草木がガサッと揺れた。
その揺れが小石を落下させながら徐々に下がってくる。
最後に一抱えもある岩がガランと落ちて、乾純太と巨漢の銀治が姿を現した。
熱り立った顔つきのせいか、小柄な純太の方に重量感がある。
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