土曜日、一転して空は晴れ渡った。
朝食を済ませると慎也ら一行は島石へと向かう。
高瀬慎也名人と乾純太の試合を見ようと多くの村人が集まっていた。
中には噂を聞き付けた遠方からの車もたくさん止まっている。
老人会は木の陰にゴザを敷いて既にワンカップ酒を呷っている者もいた。
下流の吊り橋も見物人であふれかえっている。
川の水はほとんど澄んではいたが昨日の増水が引ききっておらず、島石の川相は凶暴さを増していた。
流されたらひとたまりもないだろう。
慎也は黒ずくめの鮎釣り姿に身を包むと河原に立った。
迫り立った山がまだ朝日を遮っている。
一羽のツバメが目にも止まらぬ早さで、怖気立つほど青深い淵を掠め飛んだ。
風はピクリとも動いていない。
岩頂の雑木から青い葉がヒラリヒラリと一枚舞落ちた。
上下の荒瀬は朝靄に包まれ、けたたましい轟音だけを岩に染み入らせている。
「なぁ慎也。お前こんな何でもない勝負に勝ってもしかたないやろ」
「いや、俺には勝つ必要がある」
「なんでや?」
「・・・・・・」
隆人は視線を遠くの山に移す慎也に詰め寄った。
「お前なぁ、ええかげんにせえよ。ええか、あのウエイトレスの舞という女。あれは雅じゃないんやで。全くの別の女や」
隆人は少し声を荒げた。
「だから、それはそれでいいんや」
慎也は宥めるような眼で隆人を見た。
「な、なんやねんそれ?」
「その事は、彼女が雅でないからそれで全てがうまくいくんや」
「はぁ?」
隆人は怪訝そうに慎也の顔を見た。
「雅の中身は俺とは一緒になれない中身やったんや」
「中身?」
隆人は、慎也の言葉の意味がさっぱり解らない。
「隆人、驚くかもしれんが・・・・・・雅は俺の姉さんだ」
「えぇっ!」
隆人は目を剝いてよろけた。
「つまり俺の親父を知っているはずだ・・・・・・」
慎也はゆるりと視線を落した。
隆人は喫驚のあまり開いた口をわなわなと震わせた。
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