翌日、馬路は昼まで激しい雷雨だった。
「こりゃようけ川の水が出た。明日の試合は無理やな」
隆人は慎也に言い聞かせるように増水した川を見た。
「この川はダムがないので水の出るのも早いけど引くのも早いらしいですよ」
久米が原稿を書く手を止めて川を覗き込みながら言った。
「お前、商業主義に走っとんとちがうやろなぁ。明日の試合のことなんか絶対に書くなよ」
「と、とんでもないですよ」
隆人が凄むと、久米は慌てて座り直した。
慎也は窓を開けて川をじっと見つめている。
「なぁ慎也、考え直せよ。昨夜は酒に酔っていて少し冗談が過ぎたと言えば今からでも何とかなるんやないか。だいたいお前にとっては何のメリットも無い試合やで。まぁお前が負けることは考えられんけどな。何事にも万が一ってことがある。万が一負けでもしてみろや。鮎釣りの神様高瀬慎也の名が落ちるだけやない。お前はメーカーの看板や。これからの仕事にも影響するかもしれへんのやで」
慎也は川を見たまま口元を緩めた。
一匹でも鮎を多く釣り上げる腕達者なプロに消費者の心は動き時めく。
そのプロが使う鮎竿やヒキブネ、あるいは仕掛けなどは飛ぶように売れるのである。
そのプロが片田舎の名も知れぬ一介の鮎釣り人に負けたとあっては、製品への売れ行きに影響が及ぶことは必至だ。
万が一そんなことでもあったら大変なことになる、と隆人は口を歪めて暢気に構える慎也を横目で見た。
晩の七時過ぎに隆人に清子から電話があった。
清子は河原の宴の時に横にいた者ですと言うが、隆人ははっきりとは思い出せない。
清子は今から相談があるので会ってほしいと言う。
慎也もか、と訊くと隆人だけでいいという。
何の相談かと訊いても、清子はとにかく会ってから話すとだけしか言わない。
ちょうど慎也は風呂に行ったきり帰ってこない。
しかたなく隆人は清子のせっぱ詰まった様子に引っ張り出されるように、役場へと続く吊り橋のたもとへと出向いた。
吊り橋の向こう側に中年の女性がエプロン姿のまま一人で夜間灯の下に立っている。
隆人の姿に気が付くと女性は腰を折って一礼をした。
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