「わかったわかった誰っちゃあに言わんぞね」
「昨日、あの大阪から来た高瀬さん言う人が、一寸話がある言うて食堂の片付けが終わったところへ訪ねてきたがよ」
「えっ、なんでぇ?」
「それが、突然、鈴木雅という女性を知らんかいうたがよ。あたしびっくりして」
「な、何で雅の事知っちゅうがぜ」
清子は目を剥いて後ずさりをした。
「それが、その人あたしを雅やないかって言うがよ。あたしが驚いた顔を見て、よけいにそう思うたがかもしれんけんど。あたしがなんぼ違う言うても、何回もしつこく訊くが。それが、普通の訊き方やないがやき。調理場の板長らあにも声が聞こえだしたきに外に出て下の河原に降りたが、そしたら俺はなんにも怒ってないとか訳のわからんこと言いだいたがよ」
「そ、それは!」
「そうながよ、あたしも思い出したが、お母ちゃんが好子おばちゃんから聞いた話を。雅が和歌山で付き合いよった男と駆け落ちまでするいうて大騒ぎになって、結局、強制的に和歌山から串本に戻されたろう。その後で雅は大変なことになったじゃいか。高瀬さんていう人は、どうもその時の彼氏に違いない、いや間違いないがよ」
「そ、そんなことって」
「雅は今はちゃんとした家庭も持って落ち着いちゅうきに、あたしは黙ったままなんちゃあよう話さんかったがよ」
「そら、言われん。絶対言われんがよ。面倒なことになったらえらいことぞね」
「あたしは鈴木雅らあ知らん。他人のそら似やいうて最後まで言い張った。けんど、お前は雅じゃないんか言うてしつこく訊いて、押し合いになったが。あたし・・・・・・」
舞はたまらず声を震わせながら詰まらせた。嗚咽する舞の顔を清子はじっと覗き込んだ。
「どいたがぞね舞ちゃん。何かあったがかね?」
「あたし、ただ押し合いになって転んだだけやったがよ。けんどあたし、怖いが」
「その大阪から来た高瀬っちゅう男も狂うちゅうがぜ。明日、あて(私)が言うちゃるきに!」
「違うが! 怖い言うたがは自分が怖いがよ」
「な、なんて?」
清子は拍子抜けをしてよろけた。
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