「鮎釣りを楽しいと思うだけの人間はそれはそれでええがよ。そやけんどな、自分がもっと上手になりたいと上を目指す人間は常に闘うことや。それは自分と闘うこと。そして他者と闘うこと。自分より上手な人間と闘うことで、その闘いの最中に自分でも驚くほどの釣技が出現するがよ。鈴木徹斉とはそんな男やった。もう一度、おらは身震いするような男同士の高揚を見たいがよね」
 白髪男は言い終えると純太に視線を移した。
 
「また大学出のマサの講釈が始まったか。おんしゃはその理屈こねるんがなかったらもっと上手うなっちょったがよね」
 近くで聞いていた老人が笑い声をあげた。
 白髪頭は一向に取り合わずに純太の方に身を乗り出す。
 
「純太。お前は高瀬名人と闘え」
 純太が傾けたコップ酒をピタリと止めた。
 
「おらぁ誰ちゃあに負けんがよ」
 純太の目に焚火の炎が映って燃える。
 
 久米の目は純太にくぎ付けだ。
 
「おーい久米さぁーん」
 と足のもつれた隆人がなだれ込んできた。

 すぐさま後についた慎也が抱きかかえる。
  白髪頭はやおら立ち上がると慎也の前に進み出て深く腰を折った。

「高瀬名人。うちの純太と一緒に鮎釣りをしてあげてください。ぜひ!」
 白髪男の大きな声に、時間が止まったように宴は静まり返った。

 皆の視線が慎也の一点に集まる。
 白髪男は腰を折ったまま慎也の言葉を待った。

「いいでしょう。私も上手な方と一緒に鮎釣りがしてみたい」
 慎也は純太に視線を合わせると頭を下げた。
 
 久米が手を掲げて拍手をすると皆もつられて拍手をした。

「おーいっ、もぅお開きか? あん‥‥‥」
 隆人はそう言ったっきり、慎也の手の中でぐったりと目を閉じた。

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