「これよこれ、鮎釣りの醍醐味はなんと言っても荒瀬のもんよ」
そう言って隆人は道具箱を担ぐと、慎也の後を追った。
慎也はまるで忍者のように素早く岩を飛び跨ぎ、柳の木を掴んでポイントにたどり着く。
隆人はその後を無様に転びながらついていく。
荒瀬にたどり着いた時には、隆人は上半身までずぶ濡れになっていた。
流水の轟音が耳を震わせ心地よい水飛沫が顔を撫でる。
慎也は石裏の淀みに腰まで浸かると、曳舟から素早く囮鮎を取り出して鼻カンを付けた。
竿を立てて送り込むと強い流れに翻弄された囮鮎は二、三度浮き上がった後、尾鰭を振って苦しそうに丸い岩の側面へと潜った。
と同時に慎也の持つ竿の穂先が上下に振れたかと思うと、一挙に弦月の形に撓った。
たまらず腰を落とす慎也。
「巨鮎やぁ」
隆人が声を張り上げる。
カメラマンらの動きも激しくなった。
激流狭しと掛かり鮎が体をよじりながら真横に突っ走る。
水圧に逆らって慎也が前ににじり出る。
飛沫が慎也の体を隠すほどに舞い上がった。
巨鮎はいったん囮鮎を引き連れて上手の段々瀬を昇りあがると
今度は一転体を翻して激流を急降下し始めた。
「モンスターやっ」
隆人の声が荒瀬の轟音にちぎれる。
長竿は弦月のままで、胸まで沈んだ慎也が体ごと下流に引っ張られていく。
「あーっ」
強烈な手応えが一瞬で消えた。
長竿が一直線に伸びきり、赤い毛糸との目印が空中でひらりと風になびく。
「切られた」
慎也は背筋を伸ばしてにっこりと笑うと、竿を担いで岸に戻ってきた。
「この川は鮎の馬力が違う。河床勾配もきつく川というよりはむしろ滝に近いよ」
全国百河川を釣り歩く慎也は、満足げな顔で岸に腰を下ろすと白濁する荒瀬にまた目をやった。
「よし、ワイがやったる」
今度は隆人が仕掛けを太くして挑戦したが、囮鮎を激流に沈めることすら出来なかった。
慎也ら一行は、船倉や明神口、シダイと人気の釣り場を移動しながら一日がかりでの撮影を終えた。
「どんながやったですか」
軽トラから中村が顔を覗かせる。
「今夜は土場の下で飲み会を用意しちょります。六時ばあに迎えに行きますきに待っちょいて下さい」
慎也らが温泉から上がると中村と三人の青年が迎えに来ていた。
「十分ばあですきに、歩いていきましょう」
川沿いの道を進むと直ぐに木造立ての年季の入った建物が見えた。
「森林組合ながです」
「ほぉ、馬路はかつて全国有数の林業の村だったらしいですね」
そう言って、久米はデジカメのシャッターを切った。
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