曳舟から囮鮎を掴み出すと素早く鼻カンを通した。
掴んだ手を囮鮎を送り出すようにゆっくりと開く。
囮鮎は鼻カンに繋がれていないかのように右に左に泳ぎながら流心へと走った。
石裏のよどみに到達した囮鮎は動きを止める。
と、細糸に付けた真っ赤な毛糸の目印が輪を描くように舞う。
野鮎との喧嘩を始めたサインだ。
もう一回輪を描いた瞬間、水中で鮎の魚体がギラリと光り目印がジュボっと水中に消えた。
「よぉし、掛かった」
隆人の声が上がる。
竿が大きく撓って左右にぶれた。
細糸が鏡の様な水面を鋭く切り裂く。
錨針に刺さった野鮎が腹を返して暴れまくった。
慎也は力強く右手一本でゆっくりと長竿を持ち上げる。
右手が頭上に伸びきった瞬間、二匹の白銀の鮎が水飛沫を蹴散らせて水面に跳ね上がった。
空中を2匹の鮎が飛び寄ってくる。
慎也は左手で腰に差したタモ網を素早く抜き取ると、構えたタモに二匹の鮎がドスン! と吸い込まれた。
「良型やんか」
隆人らの拍手が鳴る。
慎也は掛けたばかりの野鮎に素早く鼻カンを通すと、また流心に送り込んだ。
今度は赤い毛糸の目印は、流心を駆け抜けて対岸の大岩の際まで走った。
大岩に擦れるようにして止まった目印は上下に二、三度ブルブルと微震すると、一気に大岩の苔をはじき飛ばして三メートルほど上流にぶっ飛んだ。
「よっしゃー」
隆人の声が弾む。
慎也は次々と野鮎を掛けまくった。
十匹掛けたところで場所を移動することになった。
ロケハン車は五キロほど下流の島石という場所に止まった。
小道を掻き分け河原に降り立った一行から、ため息ともつかぬどよめきが漏れる。
川を挟んだ目の前に、見上げるほどの大きな島形の岩が立ちはだかっていた。
苔生した大岩は垂直に聳え、所々赤茶けた地肌を剥きだしている。
その岩の側面を撫でるように恐ろしく深い淵が泥み、岩頂狭しと生い茂る雑木が鮮やかに水面に映し出されていた。
四方には目も眩むほど真っ青な森林が切り立ち、区切られた小さな空がポツンと浮かんでいる。
淵の上流と下流は一転して水飛沫の荒瀬で、敷き詰められた岩々が押し流されるほどの勢いでぶつかり合って白濁する豪流に洗われていた。
「すごい場所やな」
隆人が言葉を発するまで、一行はその景観に圧倒されていた。
「キュウメーのキュウセ、メタルのレイレイナナ」
固い竿と金属糸を告げた慎也の視線は上の瀬を捉えている。
「上の瀬やっ」
隆人の言葉にカメラマンらの動きがあわただしくなった。
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