「まぁとにかく、明日は撮影で早いから風呂にでも入って寝ようや」
隆人は慎也の笑いを遮るように言った。
二人は黙ってログハウスへと足を進めた。
部屋に戻ると隆人は直ぐに温泉へと向かう。
風呂場でしばらく待ったが慎也は温泉には現れなかった。
きっと備え付けのシャワーでも浴びているのだろう、と隆人はひとり温泉につかりながら慎也のことを考えた。
慎也の失恋による精神疾患について医者はもうほとんど大丈夫だと言ったが、隆人は今でも疑問を持っていた。
確かに普通の社会生活は送れるようになった。
が、やはり慎也は元の慎也ではない。
雅の失踪前には鮎釣りの話だけではなくて仕事のことや将来のこと、恋愛のことなども語り合った。
それが今では鮎の話以外は口を開かない。
昔に比べて極端に会話が少なくなり、特に女性の話題などになろうものなら押し黙って目も合わせない。
俳優並みの容姿を持つ慎也に言い寄ってくる女性は数多だが、慎也は一向に取り合わなかった。
隆人は真紀のことを考えてのこと思いたかったが、やはり雅へのこだわりが胸の内に強く残っているに違いないと思っていた。
証拠は慎也の首に掛かるネックレスだ。
慎也は雅の失踪後もずっと雅に買ってもらったペアのネックレスを身につけている。
慎也の心の中に潜む雅の存在が、慎也の完全回復を阻止しているに違いないのだ。
慎也がこのネックレスをつけている以上、慎也は元の慎也には戻れないだろう。
言い換えれば、このネックレスをはずした時こそが雅からの呪縛から解放されて幼いころから付き合ってきた本来の慎也に戻ることができるのだ。
慎也には雅のことはすっかり忘れて元に戻ってほしい。たとえ今目の前に雅が現れたとしても何も動じないほどに忘れ去ってほしいと願った。
雅は確かにイイ女だった。が、純情な親友を騙した心底悪い女なのだ。
それにしても・・・・・・。
と隆人は、今日食堂にいた雅と瓜二つの清岡舞という女に言いようのない不安を抱き始めていた。
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