隆人は自分の責任を感じていた。
雅は気の多い女だったのだ。
そのことは釣具店の若い店員からも聞いたことがあったし、彼女が何度か違う男と歩いているところを見かけたこともある。
慎也に早い段階で忠告しておくべきだった。
慎也は建設会社を辞めて寮を出た。
田舎に帰っても祖父母に迷惑をかけるので、と言いいながらも行く当てなどあるはずもない。
隆人は叔父に頼みこんで慎也を宅配会社に入れてもらうことにした。
ただ、会社には入っても慎也は働けない。
離れの一階を自分の部屋にしてその二階に慎也を住まわせる。
そこで療養生活をさせるのが目的だ。
慎也に処方された薬は、第三者が管理をしなければならないほどに強い薬だった。
慎也の療養生活は他人から見ればただの引きこもりで、時折訪れる叔父夫婦も困り果てていた。
隆人はいわゆる監視役で、慎也に毎日決まった量だけの薬を飲ませることと、規則正しい生活をさせることに努めた。
が、隆人も仕事をしなければならず限界はある。
そんな時は叔父の一人娘の真紀に頼んだ。
真紀はいつも慎也の事を気にかけている。
「慎也さんちゃんとお食事はとったのかしら」
「置いていたおにぎりが無いから食べたんとちやうか。ワイ今から配達があるからなんかあったら電話してくれや」
「うん、私このおいしそうなパン食べへんか慎也さんにもう一度声掛けてみるわ」
そんなやり取りを叔父はいつも顔を曇らせて見ていた。
真紀が慎也に好意を持っていることは誰の目にも明らかだ。
叔父は真紀の行動を咎めることもあったが、真紀は言うことをきかなかった。
そんな甲斐もあってか慎也の症状は徐々に回復をしてきた。
二年が過ぎた夏、隆人は思い切って慎也を鮎釣りに誘う。
慎也も首を縦に振った。
二人は埃をかぶった釣り竿などの道具を手入れをして、有田川へと向かった。
慎也が有田川に浸かって竿をかまえた瞬間、隆人の目から涙がこぼれ落ちた。
川で顔を洗ってごまかしたがしばらくその涙は止まらなかった。
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