仕方なくもう一匹のオトリでやり直すことにした。

今度は鼻カンを差すのにやや手こずったが、何とか元気なまま針まで打てた。


対岸の辺が一番流れが緩いのでそこにオトリを持って行くことにした。

僕は流れのある瀬に耐えて腰まで浸かって竿を立てると何とかその場所にオトリを沈めた。


よし、と思った瞬間に竿先が自由を失った。

見上げると上空の雑木に竿先が絡まっている。


くそー、と竿先を引っ張るが全く外れない。

それどころか雑木を支点にオトリが徐々に吊り上がっていく。


釣り糸はいったん引かれると上がることはあっても下がることはない。

ついに水面を切りオトリが空中でビチビチと体を揺らせた。


やけになって思いっきり引っ張ったら、糸が切れて雑木の空中三メートルぐらいの高さで宙ぶらりんになった。


周囲の釣り人が笑いながら見ていることだろう。


僕は顔を上げることさえできなかった。

ずっと足下を見ながら肩を落として車に戻った。


僕のデビューはわずか三十分ほどであっけなく終わった。

死んだオトリを一匹だけ持って帰った。


家内は喧嘩の続きがまだ終わっていないのか何も言わずに塩焼きにしてくれた。

僕は焼けた鮎を箸で千切って子供たちの皿に分けた。