日曜日、マーモーの家を造ることになった。
 次男が、鉄製の檻は狭すぎてかわいそうだと言い出したからだ。 そう言われると、何となくマーモーが監獄の檻の中にでもいるような感じになって哀れに思えてきた。

 ボクは家内に建築届けを出した。
 チラシの裏にマーモー宅の設計図を描き、家内から建築許可を得た。次男を従え、ホームセンターで材料を調達し建築開始だ。
 一メートル四方のベニヤを底板として、周囲に木の柵を設けた。当初設計では、底板は畳一畳のサイズだった。が、予算の関係で家内から建築許可が下りなかったため一メートル四方になった。柵の中には木箱の家を置き底板に牧草を敷き詰めた。

 マーモーのミニ牧場は半日ほどで完成した。
 設置場所はリビングの一番日当たりの良い窓際。

 マーモーは最初は不思議そうに首を傾げていたが、日に日に慣れてきた。いつしかミニ牧場を所狭しと駆け回り、牧草をつつくようになった。時々ヒーコヒーコと鳴きながら、柵に手をかけ二本足で立ったりもする。餌のおねだりだ。

 大好物はキュウリ。シャリシャリと音を立てて気持ちよく食べる。キャベツやレタス、リンゴ、バナナ、トマトなど色々与えたが、やっぱりキュウリが一番好きみたいだ。
 カリカリと柵の木も囓るようになった。こらって言うとぴたっと止まる。そして、直ぐにまたカリカリ囓る。柵の木は、高さ二十センチ、幅五センチ、厚さ二ミリの薄っぺらな板なので、徐々に噛み破られていった。

「出たいんやな。外に」
「まあ、あんだけ一生懸命囓ってるんやったら。思いを遂げさせてあげたいわね」
 家内が缶コーヒーをチビリと飲む。

「柵を一つ外してやろうか」
「まぁ、せっかく一生懸命やってるんやから自分で出るまでやらしてあげたら。この調子じゃそんなに日はかかんないでしょう」
 家内はマーモーに対しては寛大で優しい。

 それから一月ほど経った頃だったろうか。朝、リビングに入ると部屋の真ん中でマーモーが徘徊していた。

 ボクは驚いたがマーモーの方は驚く様子もなく、こちらをちらっと見ると踵を返した。
 急いで逃げるといった風でもない。こりゃどうもと言った感じの軽快な足取りで、自分の家の方へヒョコヒョコと向かった。そして、自分の歯で破って広げた柵と柵の間をするりと入り抜けた。

「おい、一晩中遊んで朝帰りか。うらやましい身分やなあ。叱られることもないし」
 マーモーは、振り向いてじっとこちらを見ている。
 ボクはカーテンを開けた。目映い朝日が差し込んでくる。マーモーは柵の外を堪能し尽くした様子で、ゆっくりと横になった。

 家内はまだ起きてこない。夜中二時に目が覚めたら、隣の布団でまだ起きて小説を読んでいた。その頃、マーモーは夜のリビングを悠々と闊歩していたのだ。

 暫くすると、ギシギシと階段が軋む音がする。パジャマ姿の家内だ。頭の毛が飛んでいる。マーモーのことを話したら、とうとう脱出したのと笑顔をつくった。

 マーモーが、柵の広がったところからまた出ようと頭を出した。また出たいんか。忘れもんでも思い出したんか。と、注目するとマーモーは頭を柵の外に出した状態で静止した。

「うぅ、考えてる。出たら叱らえるんちゃうか思うて考えてるわ」
 と家内が笑う。

「叱らんから出ておいで」
 家内は、更に嬉しそうな声で両手を差し出して呼びかけた。
 マーモーの静止がかわいい。やがて、きょろきょろ首を振って左右を伺うと、小さな前足を交互にそろりそろりと出した。大きな腹と腰が柵の間だに挟まって絞られる。放漫な体がペタンと音を立ててフローリングに着地した。

「出た出たっ」
 家内が喜ぶ。
 差し込んだ朝日がレースのカーテンにさんざめく。マーモーの柔らかい毛の一本一本にも光の粒子が降り立った。ぽっちゃりとした放漫な輪郭が仄かに揺れ動く。まるで神秘的な力でも降臨したかのようにマーモーが二、三度跳ねる。埃が粉雪のように舞い上がってマーモーを包んだ。
 
 おかしい、昨日あんなにケンカしたのになんで今朝こんな雰囲気なんだろう。ま、わざわざ蒸し返す必要もないのだが。年のせいか夫婦げんかに勢いと持続力がなくなったような気もするし。ま、それはそれでええか、とか考えてたらマーモーが近寄ってきた。

 ボクと家内をじっと見て口をもごもごと動かす。何か言っているようでもある。
 そう言えば、ケンカの時も小屋から半分だけ顔を覗かせてじっと見ていたっけ。上目遣いの暗い目で覗き見するようにじっと見ていた。きっと、ボクらに言いたいことがあるのだろう。

 あっ、と家内の顔が曇る。
 マーモーのお尻から茶色い粒がポロポロ落ちた。ひぇ~ウンチだぞ。点検するとあちこちに落ちていた。さらに、テーブルタップの線がかじられていた。

「ま、やっぱり一人で外出するのはあかんわね」
 家内は、かじられたテーブルタップを差し出した。
 ボクは少しばかりは自由をさせてやりたいと思ったが、いつもの調子で、「ええやんか、そのくらい」とやると絶対ケンカになるので、今日のところは、家内との諍いを避け首を立てに振ることにした。