まいどー! 有田川ダム上の柴崎おとり店です(^^)/

和歌山県有田川ダム上にある柴崎おとり店のサイトです。 鮎釣りの遊漁券とオトリ鮎を販売しております。 鮎釣りの皆さんお気軽にお越しください(*‘ω‘ *) 柴崎おとり店 〒643-0601 和歌山県有田川町押手770-2 ☎073-726-0413

    有田川ダム上の水況などetc.


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    2020年10月

     純太は飛ぶように上に走

     目立ての銀治は山道の方に回り崖を這い上っていた。


     慎也も上に走ったが慣れた純太には追いつかない。

     なにより隆人が全くついてこれない。


     間違いなく上の瀬の瀬肩には垢が残っているはずだ。

     そこを純太は狙っているのだろう。


     しかたなく慎也は純太よりずっと下流の瀬に立った。

     帽子のつばを深く下ろしてポイントを見定める。


    「キュウメーのサキチョウシ、メタルのゼロゼロエイト

     慎也の声にやっと追いついた隆人が息を切らせて竿を取りす。


     だが、続いて仕掛けを取り出す隆人の手は小刻みに震えていた。

    (許せ、慎也。俺も悩んだんや。でもやっぱりこの試合、お前を勝たせるわけにはいかんのや。なんやわからんけど、お前が勝つととんでもないことになりそうな気がするんや)


     隆人は慎也に背中を向けると金属糸石の角に擦りつけた。

     慎也は隆人から差し出された仕掛けをいつも通り素早く握りと


     仕掛け糸が結わえられた穂先が徐々に天に向かって伸びていく。

     差し込んだばかりの朝日が閃光のように弾けながら穂先に向けて走った。

     荒瀬の靄消え水面に光の粒子が散乱して眩い。


     慎也は伸ばしきった竿を肩に担ぐと三本錨針を素早く鼻カン仕掛けにセットした。


     何の躊躇もなく増水した激流に足を踏み入れる。


     一歩二歩と足下を確かめるように前に進み、そつのない動きで石裏の泡だった淀みまで到達した。


     鼻カンを口にくわえると、左右に首を振ってポイントを確かめ

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     審判の万作爺さんが慎也と純太の間に立つ。


    「試合時間は二時間。今から囮を二匹配るきに配ったら試合開始じゃ。今九時前じゃきに十一時までにここに戻ってこの木に触ること、触れなかったら失格ながよ」

     万作爺さんは穏やかに説明した。


     遠くから見る群衆の中の若者が首を傾げて呟く。

    「この光景って前にも見たことがあるような」

    「ワシも思うたがぜよ」

     そばに座っていた老人がその若者に答えた。


    「あー、そうじゃそうじゃあの昔に和歌山から若いのがきて岡田名人と鮎釣りの試合をしたじゃろが。あの時の若いのにそっくりじゃて。おまんはまだ子供じゃったきにあんまり覚えちょらんろが」

     若者がこっくり頷くと、別の中年男が口をはさんだ。


    「ということは、あの時も高知対和歌山で今度も高知対和歌山ながかえ。何の因縁か知らんけどこりゃまたおもしろいがやねえ。しかも乾の純太は岡田さんの孫弟子やろが」

    「そうながよ。これであの和歌山の高瀬とかいう名人が前に来た若いがの弟子やったら世代を超えた対決になるがよね」

     別の男も加わり皆が笑い声をあげた。


     そんな喧騒をよそに白髪男のマサはずっと口をつぐんだまま対峙する二人に視線を送ったままだ。


     村の若衆が囮鮎を持ってきた。


     慎也と純太の周りの空気が一挙に張り詰める。

     いよいよ試合開始だ。


     ヒキブネの蓋が開かれ、囮鮎が素早く二人のヒキブネに入れられ


     と同時に万作爺さんの甲高い声が島石中に響き渡った。


    「はじめえーっ」

     慎也と純太は小石を蹴散らして俊敏に踵を返した。

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     隆人には返す言葉が見つからない

     明かされた慎也の悩み予想だにしないものだった。


     雅が慎也の姉だなんて・・・・・・、にわかには信じがたいが本当の話だとしたら大変なことだ。

    「できているかもしれん」

     隆人は、駆け落ちの際に慎也が照れくさそうに呟いた言葉を鮮明に覚えている。


     茨のように縺れていく思考の中で、一つだけ確実に言えることは慎也が変化の途にあるということだ。


     雅の失踪以来、慎也が隆人に対してこれほど内心を暴露したのは初めてだ。


     慎也の心の奥底で閉じていた固い鉄の扉、どうしても開くことのなかった鉄の扉が今ゆっくりと開き、その中にこびり付いていた鉛のような異物が舞の存在によって溶融しつつある。


     しかし、その煮詰まった坩堝が純度の高い理性に包まれた生産物を生み出すかどうかは分からない。


     燕が慎也の目の前を何度も滑空する

     慎也石の上に飛び乗ると両拳を握りしめ


    「乾純太はまだかっ!」

     振り返った慎也は一転鮎鬼の形相になり、睨まれた隆人はたじろいで一歩二歩と身を引いた。


     河原に降りる小道の草木がガサッと揺れ

     その揺れが小石を落下させながら徐々に下がってくる


     最後に一抱えもある岩がガランと落ちて、乾純太と巨漢の銀治が姿を現した。


     熱り立った顔つきのせいか、小柄な純太の方重量感がある。


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    「隆人、俺が今でも雅にこだわっているのはそう言う理由だ。つまり俺は姉さんと父親を捜している。その事に整理を付けないと次には進めんのや。いったい自分はなにものなのか、こんな年になってもにもわかっちゃいない。どう整理をつけたらいいのかも何にもわからない。だから自分の目の前に迫ってきたものは全部振り払って前に進むしかないんや

    「そ、そんなこと・・・・・・」


    「想いを寄せた相手が同じ血の通った人間だったなんてもどうしていいかわからんかったんや。でも、俺は馬路で清岡舞に出会って思った。雅に似て中身は全く雅でない。こんな答えがあったのかと。俺は彼女となら一緒になれる。これは神様がくれた最高の贈り物なんや」


    慎也、真紀はどないするんやっ」

    「・・・・・・」

     隆人の虚を突い言葉に慎也は口をつぐんだ。


     隆人は突拍子もない話を聞かされ頭の中が混乱していたが、とにかく舞とのことだけは許せなかった。

     

     同時に、慎也が真紀と一緒になって欲しいと切望している自分にも気がついた。


     慎也を今の状況からどうしても引き戻さないといけない。

     隆人は黙る慎也にたたみかけた。


    「慎也、とにかく今日の試合だけは」

     そこまで言った隆人の言葉を、慎也は声を張り上げて遮った。


    「隆人、俺の閉塞感がわかるかっ! 今日まで自分がいったい何者かもわからずに生きてきた俺の気持ちが。俺の父さんはきっと素晴らしい鮎釣り師に違いない。その息子の俺がどんな試合にも負けるわけにはいかんのや。そして勝ち続けることが俺の正体を明かす道のりにもなる、幸せになれる道のりにもなる。いつか母さんがそう言ってくれたんや。だから俺はどんな試合からも逃げない。受けて立つ。徹底的に相手を叩き潰すんや」

     慎也は辛そうな表情をすると俯いて首を左右に振った。

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     土曜日、一転して空は晴れ渡った。


     朝食を済ませると慎也ら一行は島石へと向かう。


     高瀬慎也名人と乾純太の試合を見ようと多くの村人が集まっていた。

     中には噂を聞き付けた遠方からの車もたくさん止まっている。


     老人会は木の陰にゴザを敷いて既にワンカップ酒を呷っている者もいた。

     下流の吊り橋も見物人であふれかえってい


     川の水はほとんど澄んでいたが昨日の増水が引ききっておらず、島石の川相は凶暴さを増していた。

     流されたらひとたまりもないだろう。


     慎也は黒ずくめの鮎釣り姿に身を包むと河原に立った。


     迫り立った山まだ朝日を遮ってい

     一羽のツバメが目にも止まらぬ早さで、怖気立つほど青深い淵を掠め飛んだ


     風はピクリとも動いていない。

     岩頂の雑木から青い葉がヒラリヒラリと一枚舞落ちた。


     上下の荒瀬は朝靄に包まれ、けたたましい轟音だけを岩に染み入らせている。


    「なぁ慎也お前こんな何でもない勝負に勝ってもしかたないやろ」

    「いや、俺には勝つ必要がある」


    「なんでや?」

    「・・・・・・」

     隆人は視線を遠くの山に移す慎也に詰め寄った。


    「お前なぁ、ええかげんにせえよ。ええか、あのウエイトレスの舞という女あれは雅じゃないんやで。全くの別の女や」

     隆人は少し声を荒げた。


    「だから、それはそれでいいんや」

     慎也は宥めるような眼で隆人を見た。


    「な、なんやねんそれ

    「その事は、彼女が雅でないからそれで全てがうまくいくんや」


    「はぁ?」

     隆人は怪訝そうに慎也の顔を見た。


    「雅中身は俺とは一緒になれない中身やったんや

    「中身?」

     隆人は、慎也の言葉の意味がさっぱり解らない。


    「隆人、驚くかもしれんが・・・・・・雅は俺の姉さんだ」

    「えぇっ!」

     隆人は目を剝いてよろけた。


    「つまり俺の親父を知っているはずだ・・・・・・」

     慎也はゆるりと視線を落した。


     隆人は喫驚のあまり開いた口をわなわなと震わせた。


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