純太は飛ぶように上に走る。
目立ての銀治は山道の方に回り崖を這い上っていた。
慎也も上に走ったが慣れた純太には追いつかない。
なにより隆人が全くついてこられない。
間違いなく上の瀬の瀬肩には垢が残っているはずだ。
そこを純太は狙っているのだろう。
しかたなく慎也は純太よりずっと下流の瀬尻に立った。
帽子のつばを深く下ろしてポイントを見定める。
「キュウメーのサキチョウシ、メタルのゼロゼロエイト」
慎也の声にやっと追いついた隆人が息を切らせて竿を取り出す。
だが、続いて仕掛けを取り出す隆人の手は小刻みに震えていた。
(許せ、慎也。俺も悩んだんや。でもやっぱりこの試合、お前を勝たせるわけにはいかんのや。なんやわからんけど、お前が勝つととんでもないことになりそうな気がするんや)
隆人は慎也に背中を向けると金属糸を石の角に擦りつけた。
慎也は隆人から差し出された仕掛けをいつも通り素早く握りとる。
仕掛け糸が結わえられた穂先が徐々に天に向かって伸びていく。
差し込んだばかりの朝日が閃光のように弾けながら穂先に向けて走った。
荒瀬の靄は消えて水面に光の粒子が散乱して眩い。
慎也は伸ばしきった竿を肩に担ぐと三本錨針を素早く鼻カン仕掛けにセットした。
何の躊躇もなく増水した激流に足を踏み入れる。
一歩二歩と足下を確かめるように前に進み、そつのない動きで石裏の泡だった淀みまで到達した。
鼻カンを口にくわえると、左右に首を振ってポイントを確かめる。