「ほう、なるほど、その針で先週八十一匹も掛けたんですね」
久米が問う。
「銀治の研いだ針は刺さりがちがうがよ」
純太は満足げにコップ酒を一気に飲みほした。
「おいっ、おんしゃらあワシのハリもたまには研ぎに来いよー」
長く伸ばした白髪に赤いバンダナを巻いた初老の男が近寄ってくる。
純太は目を細めて会釈をした。
「おんしゃあ。まっこと上手になったねや」
白髪男は純太の横に腰を下ろすと酒を注いだ。
「銀治。おんしゃの目立てもオヤジさんを超えたがよ」
白髪頭は隣の銀次の肩にポンと手を乗せた。
「出藍の誉れよの。わかるか銀治?」
銀治が苦笑いで首をひねる。
「マサさん、おららあぜんぜん勉強はしちゃあせんきに許いとおせ」
銀治は大きな肩をすぼめた。
「岡田さんの泳がせ釣りの唯一の継承者のマサが教えた純太は、いつの間にかマサの倍も釣るようになったわ。純太は岡田さんの全盛期よりはるかに上手やとわしらは見ちょるがよ」
万作爺さんが話に絡む。
「岡田さんって、高知の伝説の鮎釣り師の岡田八十吉のことですか?」
そういって久米が身を乗り出した。
「ああそうじゃ。岡田さんはうちの村の出身者じゃよ。あの頃は鮎釣り大会とかはまだなかったけんどな。大阪やら岐阜やらから鮎の腕達者な連中が岡田さんのもとに来ては試合を申し込み、ことごとく岡田さんに負かされたんじゃ。それで帰るころには皆岡田さんの弟子になりおったわ。そういやあ和歌山から来た若造も岡田さんと一戦交えて負けた後に弟子になりおったが、あれが一番飛びぬけて上手じゃったと岡田さんはいつも言いよったが、かわいそうに事故で死んでしもうたらしいわ。えーと名前は確か‥‥‥」
万作爺さんが思い出せずにいると横から白髪男が口を開いた。
「鈴木ですよ。鈴木徹斉」
「おおそうじゃそうじゃ」
万作爺さんはポンと手を打った。
「ワシは鈴木には全く歯が立たんかったがですきに。ヤツは天才でした。ヤツが生きていたら岡田さんの継承者は間違いなくヤツですよ。いや岡田さんをはるかに超えていたかもしれんがです」
白髪男は語尾を震わせると弦月を見上げながら続けた。