「隆人は受験丈夫やろうかねえ」
祖母の心配そうな声だった。
「まあ、今のところは何にも言ってないからねえ。慎ちゃんの影響で受験せんとか言いだしたら絶対説得せんといかんけど。それにしてもこんな受験の時期に大変なことが起こったもんやわ。あの元気な佐知恵さんが急にこんなことになるなんて」
「ところで葬式の時それらしい男は見えんかったやして」
祖母の声が急に低くなった。
「そらぁ親にも言うてなかったら知らせようもないやろ。きっと慎ちゃんにも言うてなかったんやろ。まあ鮎釣りの時期やったらその人やって知ったかもしれんけど、鮎釣りの時期以外やったら釣り客は赤の他人と一緒やんか。知りようもないやろ」
「やっぱり噂どおり大阪から囮鮎を買いに来た常連客の中の誰かの子じゃろうかねえ」
「まあ佐知恵さんは一度もよそにでたことなかったもんなあ」
「あたしらも囮客をかなり見てきたけど、それらしい男はおらなんだいしょ」
「そりゃあお母ちゃん、夏場あんなに大阪から知らん釣り人がぎょうさん出入りしよったらわかるわけないわして。だいたいその男かて今生きてるか死でるかもわからんのやして」
「そうやなあ。けど、慎也は佐知恵さんには全然似いてないやろ。あの顔はきっと父親似なんやで。あの痩せて背の高いところとか鼻筋の通ったところとか。一時佐知恵さんにつきまといよった金屋の良明の子じゃないかいう噂もあったけど、あれは良明の顔とは全然違うわ。良明は背も低いし丸顔やしょ」
「確かにありゃ良明とは違うわして。もっと男前の男やないとあんな慎ちゃんみたいな男前の顔にはならんやしょ。子供の時はわからんかっても、男らあは大人になるにつれて見た目が男親といっしょになるからねえ」
「まあとにかく慎也はかわいそうな子やわ」
「ほんま、世の中には無責任な男がおるもんやして」
二人の話を聞いた隆人は眉をひそめた。
大阪から囮鮎を買いに来た常連客の中の誰か、と言う祖母の言葉が耳にこびりついた。