まいどー! 有田川ダム上の柴崎おとり店です(^^)/

和歌山県有田川ダム上にある柴崎おとり店のサイトです。 鮎釣りの遊漁券とオトリ鮎を販売しております。 鮎釣りの皆さんお気軽にお越しください(*‘ω‘ *) 柴崎おとり店 〒643-0601 和歌山県有田川町押手770-2 ☎073-726-0413

    有田川ダム上の水況などetc.


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    2020年07月

     馬瀬川に到着したのは夜中の三時だった。

     真っ暗な河原に目を凝らすと沢山の車が止まっていた。


    「すごい車の数やで」

     そう言って、隆人は車から降りた。


    「全部で百人ぐらい参加者がいるって案内には書いてた

    「オレは地区大会でも勝てんのに、例えまぐれで地区大会で勝っても全国大会で百人もいたら絶対勝つのは無理やな」


    「こんなにも鮎釣りに凝ってる人がいるんやな」

     地元では少しばかり名を上げた慎也も臆しているようだった。

     二人は車の中で仮眠を取った。


     夜が明けて参加者達を見た二人は更に気後れした。

     みんな自分たちより上手く見える。


     大きなアウトドア車から取り出す道具も一流のものばかりだ。

     隆人は自分たちが居るのが場違いなような気がしてきた。


    「あっ荒川名人やっ」

     慎也が声を上げた。


     確かに、雑誌でしか見たことのない顔が笑っている。

     二人は荒川名人の方に近づいた。


     荒川名人と言えば、二十年も前に鮎釣り界の神様と呼ばれる鈴木徹斉と「伝説の天竜川決戦」を演じた男だ。


     負けはしたが、その後鈴木が亡くなってから鮎釣り界を支えてきたのは、間違いなく荒川名人だった。


     鈴木の急逝を知った荒川は、栃木から和歌山まで駆けつけて鈴木の棺にすがりついて号泣したという。


     翌年から荒川の釣法一変する。

     自らが主張した引き釣りを捨て鈴木の泳がせ釣りへと転向したのだ。


     関東の取り巻きらから激しい非難を浴びた。

     だが、翌年荒川は泳がせ釣りで全国制覇を果たす。


     荒川に表彰台での笑顔はなく、数日後、和歌山の鈴木の墓前で合掌をしている姿を地元の人が見ている。


     と、鮎釣り姿になった出場選手の数人が、荒川名人のもとに駆け寄った。


     サインをしてもらうようだ。

     ある者は竿に、ある者はしゃがんで背中を向けベストにサインを書いてもらっている。

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     隆人は、母と祖母が話していたことを思い出した。

     大阪から囮鮎を買いに来た常連客の中の誰か


     やはり慎也の父は鮎釣りをしている人なのだ。

     だが、有名になったらわかるとはどういう意味なのか。


     隆人が疑問に思うと慎也が続けた。

    「俺はその時お母ちゃんの言ってる意味がわからなかったけど、後から考えたらつまり俺が親父に似ているってことじゃないのかと思うんだ。しかも俺の親父は鮎釣りをしている人なら誰もが知っている名の知れた人ではないのかと」

     名の知れた人。隆人は息を飲んだ。


    「慎也きっとそうに違いない。お前には天性の素質があるからな

     隆人はハンドルを切りながら早口で言った。


     確かに慎也の鮎釣りは持って生まれた天才的なところがあった。

     自分など常人とは一線を画した天性の素質が備わっている。

     慎也が鮎釣り名人の子であっても不思議はない。


    「とにかく俺は鮎釣りで名を上げたいんや。そしたら自分のなにもかもがわかるような気がするんや」

     慎也は絞り出すような声で言った。


    「お前ならなれる。お前ならやれるわ。絶対間違いなく全国一の鮎釣り師になれるって」

     隆人は雑誌で見た名人の顔を次々思い出してみた。


     だが、高瀬に似ていると思しき名人は思い浮かばなかった

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     高校を卒業すると、慎也は和歌山市内の建設資材を取り扱う会社に就職した。

     社員寮も完備された大きな会社だった。


     隆人は公務員試験に合格できずに就職浪人の身となり

     しばらくはそのまま叔父の家に下宿し宅配を手伝うことなった。


      同じ和歌山市内に住むようになった二人は、何時も連絡を取り合った。

     隆人は卒業と同時に運転免許を取り、夏になると二人は隆人の叔父に借りた軽四トラックに乗って、有田川奈良の吉野川兵庫の揖保川など遠方まで釣行するようになる。


     社会人になったばかりの二人は、釣り具メーカー主催の鮎釣り大会にも出るようになった。

     一年目は二人とも予選落ちしたが、二年目に慎也は近畿地区大会で三位となる。


     五位までが全国大会出場権を得ることができるため

     慎也は若干十九歳にして全国大会への出場権を得た。


     一月後、二人は軽四トラックにキャンプ道具を積み込んで、全国大会が開かれる岐阜の馬瀬川へと向かった。


    「お前何の公務員になるつもりなんや」

     慎也が隆人に訊く。


    「まあ無理やと思うけど国家公務員や。親父がうるさいんや。どおしても建設省に入れって。ほんま鬱陶しい親父やで」

     隆人は鼻で笑った。


    「お父さん、気に掛けてくれてるんやで」

     慎也の口調が重たくなった


     隆人は気まずくなってラジオのボリュームを上げた。

     深夜放送の馬鹿笑いが車内に響く。


     二人は暫し黙り込んだ。

     

     隆人は「オレ大きいなったら一緒に探したるわ」という幼き日に自分が言った言葉を思い出していた。


     その時の様子が鮮明に浮かび上がりもどかしさが膨らむ。

     結局、慎也の父親は今日まで何の手がかりもないままなのだ。


     そして母までも逝ってしまうなんて、何故慎也だけに不幸が重なるのだろうか

     隆人は、やり場のない気持ちをどこに持って行ったらいいのかわからなかった。


     自分には慎也の気持ちをいささかも軽減するすべは見あたらない。


     自分のありふれた生い立ちや今の生活までもが、慎也の暗澹とした気持ちに拍車を掛けているような気持ちにもなってくる。


    「俺な・・・・・・」

     慎也が口を開いた。


    「俺お母ちゃんが死ぬ一週間ぐらい前に親父のこと聞いてみたんやけど、そしたらやっぱり未だ言えんけど、ただ俺の顔をまじまじと見ながら、お前が鮎釣りで有名になったら必ずわかるってニコニコした顔で言われたんや。その時のお母ちゃんの顔は笑っていたけど涙も滲んでいて嬉しいのか悲しいのかよくわからん顔やった


    「そ、そうか」

     隆人はハンドルを強く握りしめた。

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     慎也は祖父母や先生からの説得で、何とか高校受験をすることになった。

     ただし、それは第一志望の和歌山市内の工業高校ではなかった。


     実家からバスで通える有田市内の普通高校だ。

     家計のことを気遣ったのだろう。

     和歌山市内となると下宿代など何かと経費が嵩む。


     受験の結果、隆人は志望校である和歌山市内の工業高校に合格した。

     慎也は明るい顔でおめでとうと言ってくれたが、隆人は自分の合格を素直には喜べずにいた。


     隆人は慎也とまともに視線を合わせることすら出来なかった。

     クラスの雰囲気も、慎也を気遣ってか意気が上がらない。


     慎也は、第二志望の有田市にある普通高校に合格した。

     卒業式が終わり、隆人は和歌山市内の叔父の家に下宿するために引っ越しをすることになり、慎也が荷造りの手伝いにきた。


    「慎ちゃん、隆人と離れるけど帰ってきた時はまたいっしょに遊んであげてね」

    「はい。夏は隆人に活きの良い囮鮎をおいときます」

     隆人の母は、ただそれだけの会話で涙ぐんだ。


     高校の三年間、二人は夏休みになると有田川で鮎釣りをした。

     二人の仲は何ら変わることはない。


     慎也は身長が急激に伸びて百八十センチを超えていた。

     一方、隆人の方は百六十センチと低かったので、「鮎釣りのデカチビコンビ」と周囲からは呼ばれていた。


     釣りの最中、隆人は思い出す毎に慎也に似た男を探した。

     背の高い釣り人を見つけるとわざわざ近寄って声を掛けたりもする。


     しかし、それらしい男に遭遇することは一度もなかった。

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     自分とて幼い頃から慎也と一緒に囮鮎を購入する釣り客らのことをずっと見てきた。

     大阪から車で乗りつけた釣り客には、若い大人もいたし年配者もいた。


     まさか、あの中に慎也のお父さんがいたのだろうか。

     隆人は思いもしなかったことを聞いて我が事のように動揺した。


     確かにあり得ない話ではない。

     と言うか母らの話を聞いてそれが可能性としては最も高いだろうと思い始めた。


     慎也はそのことに気付いていて、そんなことを考えながら囮鮎の販売をしていたのだろうか。

     今更、慎也の釣り客を見る目が一人一人何かを確認していたようにも思えてくる

     

     遠くから訪れた釣り客自分の素性を自らが積極的に明らかにすることはまずない。

     その店で入漁券購入する常連客は、住所と氏名が囮店の台帳に残る。

     が、ほとんどはそれだけの情報でそれ以上の事はあまりわからないのが普通だ。


     遠方からの釣り客は、一刻でも早く竿を出したいので囮店に長居しない。

    「どこでよく釣れているのか」と言う最小限の会話を交わすと、囮鮎を買って走り去ってしまうのだ


     それにしても、もしやその男が来店していたとしたら平然と実の息子である慎也や慎也のお母さんと対面できるものなのだろうか。


     オレ大きいなったら慎也のお父さんを一緒に探したるわ

     隆人はいつか自分の言った言葉を思い出した。


     慎也に似た男。

     隆人は記憶を丁寧に解いてみたがそれらしい男の姿は思い浮かばなかった。

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