馬瀬川に到着したのは夜中の三時だった。
真っ暗な河原に目を凝らすと沢山の車が止まっていた。
「すごい車の数やで」
そう言って、隆人は車から降りた。
「全部で百人ぐらい参加者がいるって案内には書いてたな」
「オレは地区大会でも勝てんのに、例えまぐれで地区大会で勝っても全国大会で百人もいたら絶対勝つのは無理やな」
「こんなにも鮎釣りに凝ってる人がいるんやな」
地元では少しばかり名を上げた慎也も臆しているようだった。
二人は車の中で仮眠を取った。
夜が明けて参加者達を見た二人は更に気後れした。
みんな自分たちより上手く見える。
大きなアウトドア車から取り出す道具も一流のものばかりだ。
隆人は自分たちが居るのが場違いなような気がしてきた。
「あっ荒川名人やっ」
慎也が声を上げた。
確かに、雑誌でしか見たことのない顔が笑っている。
二人は荒川名人の方に近づいた。
荒川名人と言えば、二十年も前に鮎釣り界の神様と呼ばれる鈴木徹斉と「伝説の天竜川決戦」を演じた男だ。
負けはしたが、その後鈴木が亡くなってからは鮎釣り界を支えてきたのは、間違いなく荒川名人だった。
鈴木の急逝を知った荒川は、栃木から和歌山まで駆けつけて鈴木の棺にすがりついて号泣したという。
翌年から荒川の釣法は一変する。
自らが主張した引き釣りを捨て鈴木の泳がせ釣りへと転向したのだ。
関東の取り巻きらから激しい非難を浴びた。
だが、翌年荒川は泳がせ釣りで全国制覇を果たす。
荒川に表彰台での笑顔はなく、数日後、和歌山の鈴木の墓前で合掌をしている姿を地元の人が見ている。
と、鮎釣り姿になった出場選手の数人が、荒川名人のもとに駆け寄った。
サインをしてもらうようだ。
ある者は竿に、ある者はしゃがんで背中を向けてベストにサインを書いてもらっている。