まいどー! 有田川ダム上の柴崎おとり店です(^^)/

和歌山県有田川ダム上にある柴崎おとり店のサイトです。 鮎釣りの遊漁券とオトリ鮎を販売しております。 鮎釣りの皆さんお気軽にお越しください(*‘ω‘ *) 柴崎おとり店 〒643-0601 和歌山県有田川町押手770-2 ☎073-726-0413

    有田川ダム上の水況などetc.


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    2020年07月

     男らは釣れる場所を五人で占拠して、大声で冗談を言ったり笑ったりしながら騒いでいた。

     隆人には直ぐに細川囮店の連中だとわかった。細川達也の姿はな


     鮎釣りには暗黙のルールがある。

     それは、他人の釣っている場所を横取りしないと言うことだ。


     ある場所で釣っていた人が昼食や用足しで竿を置いても、他者はその場所には遠慮する。

     そして何より静かに釣ることだ。

     それが年配者を追い払って騒いでいる。

     彼らが邪魔をしに来たのは明らかだ。


    「なんや高瀬の囮は弱いのお、直ぐ死んでしまいよったわ」

     と、わざとらしく細川グループが声を上げると、祖父がワナワナと震えた。


    「てめえらええ加減にしやがれっ」

     たまりかねて橋の上から祖父が叫んだ。


    「なんやとじじい、金返せ、こんな腐った囮売りやがって」

     その言葉に隆人が切れた。


    「なんやと、待っとけそこで

     隆人は言うが早いか血相を変えて駆けだした。


    「隆人」

     慎也の声が響

     鮎釣り姿の慎也が歩いてくる。

     心配そうな顔で横に祖母がついていた。


    「慎也、山仕事の手伝いはもうおわったんか」

     祖父が訊いた。


    「ああ直ぐに終わった

     そう言って慎也は橋の上から河原を覗き込んだ


    「あいつらを追い払う方法は喧嘩やない。まあ見とけ」

     興奮した隆人を宥めるように慎也が言う。

     慎也は河原に降りると、彼らの囲む瀬ではなくて淀んだ下手のトロ場に立った。

     五人とも慎也の登場に暫し沈黙する。


    「けぇっ、あんなトロい淵で鮎が掛かるか。野鯉が食いつくっしょ」

     本当に一升瓶ほどの野鯉が数匹揺れていた。

     慎也はいっこうにかまわず竿を伸ばす。

     いつの間にか、橋の上には隆人や祖父母の他十人ほどの人が集まっていた。


     慎也の立った場所は泥をかぶってとても鮎の住める場所ではなかった。

     水深三メートルはあろうかという淵で、その淵の向こう側の対岸に畳一畳ほどの岩盤が沈んでいる。


     そこまでは十メール以上距離があった。その岩盤だけが仄かに明るく水底で揺れている。

     誰しも竿届かない。

     鮎がいれば新場で一発でかかる場所だ。


    「おーっしゃーデカいのがきたでぇ」

     細川グループの一人に鮎が掛かった。

     みんなが振り返るが慎也は見向きもしない。


     慎也はそっと自分の囮鮎を水中に離した。

     泥の中を囮鮎が苦しそうに進むのが橋の上からよく見えた。


    「あかん」

     祖父がそう呟いた時だった。

     誰もがえっと目をむいた。


     慎也は囮鮎が進む速度に合わせるように、そのまま淵に進み出て首まで浸かった。

     顔だけ出して流れに耐えて片手で竿を突き上げる


     深緑に泥むの淵から見えているのは、慎也の顔と竿と釣り糸に結わえられた毛糸の目印だけだ。


    「溺れるやして」

     祖母が心配そうに祖父に言いすがった時だった。


     突如、赤い毛糸の目印が空中に押し戻されて一回転したかと思うと

     突風にでも吹き飛ばされたかのように上の瀬まで一挙に走った。


    「掛かったあ!」

     祖父が叫ぶ。


     慎也は竿を片手で握ったまま泳いで手前の浅瀬に戻った。

     細川グループも慎也の動作に釘付けだ。


     竿が満月に弧を描く。

     淵でたっぷりと苔を食べた巨鮎に違いない。


     慎也は浅場に立つと全身から滴り落ちる水しぶきを風に舞散らせながら腰を落とした。


     白銀の魚体が淵の中で翻って激しく回転する。

     慎也は慎重に竿を持つ両腕を頭上に伸ばし始めた。


     巨鮎は強引に水面まで引き上げられると、最後の力を振り絞るかのように何度も水面を蹴散らせた。

     が、慎也の腕が完全に伸びきると、空中に放り出され猛スピードで空中移動を開始した。


     すかさず慎也がタモ網を抜く。

     ドワッシャーン! 


     タモ網が水飛沫をはじいて慎也の手が真後ろに伸びきった。


     見ていた祖母が、首をすぼめてヒェッと小さな悲鳴を上げ


    「で、でかいっ」

     見物人の一人が思わず声を上げた。


     慎也やはしゃがむと細川グループの方を牽制するように睨んだ。


     そして、休むことなく囮鮎を送り出すと次々と同じ所作で巨鮎を釣り上げた。


     入れ掛かりが止まらない。

     瞬く間に10匹ほど釣り上げた。


     細川グループは五人がかりでも数匹だ。


     やがて細川グループの一人が舌打ちをしながら竿を仕舞い込んだ。

     ならったように他の者も竿を仕舞いこんで車の方に向かう。


     さっきまでの喧騒とはうって変わって、細川グループは足早に無言で四輪駆動車に乗り込むと去っていった。


    てめえらもうくんなー」

     祖父爽快声を張り上げた。

    015


     慎也は照れながら会釈をしている。

     隆人は、荒川名人のその様を見逃さなかった。


     荒川名人慎也の顔を見て誰かを思い出したに違いない。

     それは恐らく慎也の父親なのではないだろうか。


     刹那、荒川名人に後で訊いてみたいという気も起こったが、やはり鮎釣り界の重鎮にいきなりそんなことを訊くほどの勇気ない。


     また、勇気だけの問題ではなくて、隆人に慎也の父親を明らかにすることに対しての動揺が起き始めてもいた。


     果たして、慎也の父親が明らかになることが慎也にとって幸せなことなのだろうか、と。


     知りたいという気持ちと、そのことを知ってどう受け止めるのかは別の感情だ。

     父親が誰なのかわかった瞬間、慎也がどんな気持ちになるのか隆人には全く想像が及ばなかった。


     何かつかみようのない不安すら湧き上がってくる。

     父親が世間から尊敬されるような人間でも自分だけは許せないかもしれないし、また、逆に疎まれるような人間でも自分だけは愛おしいのかもしれない。


     あるいは既に亡くなっていたとしたらどんな気持ちになるのだろう。


     自分なら、と考えると明らかにするために物事を前に進めようとするのはどうなのだろうかという気持ちになってくる。


     オレ大きいなったら一緒に探したるで、と言った幼き日の自分の言葉に今も変わりはないつもりでいたのだが、ここにきて必要以上の介入はすべきではなく慎也から具体の相談を受けるまでは自分は静観しておいた方が良いと思った。


     慎也の母が言ったとおり、慎也の鮎釣り界での活躍が続いてその事が自然に溶解してわかるのならそれが一番いいことなのかもしれない。


     隆人は、サインの書かれた鮎竿を大事そうに持って車に戻る慎也をしげしげと眺めた。


     有田川に帰った慎也らは祖父母や近所から歓迎を受けた。

     全国大会位の噂は瞬く間に鮎釣り仲間に広まり、高瀬囮店に釣り客が続々と訪れた。


    「ここ高瀬慎也の店やろ。本人はどっかおんの?」

    「今、前の橋の下で釣ってら」

     いつの間にか橋の上に人集りが出来ていた。


     おもしろくないのは他の囮店である。

     細川達也の囮店が黙っているはずがない。

     高瀬囮店が賑わいを見る最中のことだった


    「あかんわ、ガラの悪い連中がおって釣りにならんわ」

     何人かの釣り客が口を尖らせて川から引き上げてきた。

     居合わせた隆人が橋の上に見に行くと、河原に大きな黒い四輪駆動車が止まっていた。


    「こらっ、そこ釣りのじゃまやからどけっ」

     茶髪の男らが年配者の釣り客に声を上げていた。

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     慎也も気付いたようだ。

     近畿地区大会で優勝した細川達也だった。


     同じ有田川出身で、慎也の実家から五キロほど下流で囮店を営んでいた。

     歳は慎也より二十歳程も上だ。


     細川は予選で敗退し既にティシャツに着替えていた。


     細川は全国大会に回も出場した腕前だが、一度も予選を勝ち上がったことはなかった。

     それでも全国大会に行ける者など滅多にいないので、地元では有名で細川囮店は繁盛していた。


     ただ、一方で細川の評判は悪かった。

     細川自身傲慢でマナーも悪く、彼を取り巻く連中もガラが悪かった。


     慎也と隆人は男らに取り合わなかった。

     それがかえって男らの気を逆撫でしたようだ。


    「おまえ確か押手のもんやったなあ。まあワイらの顔を覚えとけっ」

     人相の悪い男が、まるでやくざの言いがかりのように凄


     入賞者十人の記念写真が撮られることとなった。

     真ん中に優勝者の中村名人がトロフィーを手に座


     慎也は後列の一番端に立った。

     参加選手らが羨ましそうな顔でその光景を見つめる。


     その時ふと隆人は昨夜の車中のことを思い出した。

     慎也に似た男。隆人は人混みの中をかき分けながら最前列まで進んだ。


     にこやかに並ぶ十人の選手の顔をまじまじと見る。

     だが、慎也に似た顔は居ない。


     本部席にも目をやったがそれらしい年配者は居なかった。

     慎也ほど色の白い男も居ないし、目鼻立ちのはっきりした男は見当たらない。


     写真撮影が終わると、大会の最後を締めくくる最長老名人からの講評があった。

     そこでも弱冠二十歳の慎也の入賞が取り上げられた。

     この時から高瀬慎也と言う名一躍鮎釣り界で知られるようにな


    「おいせっかくやから荒川名人にサインもらわんか」

     車に戻って着替える慎也に隆人が言った。


    「そうしようそうしよう」

     慎也は急いで着替えた。


     隆人は今来ているティシャツにサインをしてもらうことにした。

     何にサインをしてもらおうかと迷っていた慎也は竿をさげて後を付いてきた。

     二人は本部テントで役員らと歓談する荒川名人のもとに駆け寄った。


    「あのサインお願いします」

     隆人の頬は紅潮している。


    「はいどこにしましょうかね

     笑顔で答える荒川名人は体格もあり貫禄があった。

     隆人は恥ずかしそうに「背中にお願いします」と言ってしゃがんだ。


     続く慎也は鮎竿を差し出した。

     荒川名人はここでいいかなと言って椅子に座ったまま竿にサインをした。

     手慣れた様子で書き終えると、荒川名人は慎也を見上げながら竿を渡した。


     と、荒川名人の視線が一点で止ま

     慎也の顔に何かがついているかのように見入っている。

     その顔は眉間に皺を寄せ、何かを思い出すような顔つきだ。


     そんな様子に気づかぬまま慎也は口元を綻ばせて竿を眺めていた。

     慎也が礼を言おうと荒川名人に目を向けると、荒川名人は気を取り直したように不自然な笑顔を作った。


    「確か位に入った高瀬君だったね」

     そう言って今度は慎也の目をしっかりと見つめ返した。

    021


     瞬く間に二時間が過ぎた。

     慎也は十二匹釣って同数で二十五位にくい込んでい


    「十二匹で二十五位タイの選手が六人います。ただいまより重量判定で一番目方の重い選手を勝上がりとします」

     審判からアナウンスがあると会場からどよめきが漏れた。


     暫く時間が経って放送のスイッチが入った。

    「検量の結果二十五位が決定しました。勝ち上がりはゼッケン番号八十二番の高瀬慎也選手、ゼッケン番号八十二番の高瀬慎也選手と決まりました」

     慎也は笑顔で手を挙げて前に出た。


     隆人が喜びの奇声を上げる。

     並んだ二十五人を見ると雑誌で見る名人も何人かいた。


     隆人は我が事のように喜ぶ一方で正直羨ましい気持ちもあった。


     十一時決勝が開始された。


     橋の上で見守る隆人は目を丸くした。

     のっけから中村名人と津本名人が入れ掛かり状態だ。


     入れ掛かりとは、ポイントに鮎が入った瞬間にもう掛っているという状態だ。


    「やっぱり全然レベルが違うなあ」

     隆人は思わず呟いた。


     瞬く間に十匹ほど釣り上げた両名人に対して観客からどよめきが起こる。

     その間、慎也はやっと一匹掛けただけだった。


     決勝の二時間は瞬く間に過ぎた。


     慎也は匹を釣り上げ十位となった。

     全国大会初挑戦で成績としては上出来だ。


     優勝は二十七匹を釣り上げた中村名人だった

     が、慎也は意外にも雑誌社からの取材を受けた。


     選手年齢の高い鮎釣り競技にあって、若干二十歳で入賞を果たした慎也注目を浴びた。

     だが、その光景を心良しとせぬ者もいた。


    「おい若造、あんまりいい気になんなよ

     と露骨に言いがかりをつけてきた男らの中に、隆人は見覚えのある顔を見つけた。

    「慎也、お前もそろそろ着替えなあかんで」

    「ああそうやな」

     二人は急いで車に戻った。

     出場選手らが続々と鮎釣り姿になって河原に出てくる。


    「慎也見てみいっ。あれ中村名人やで」

    「うん、その横は津本名人やな」

     慎也も興奮気味だ。

     雑誌でしか見たことのない名人がそこかしこで歓談している。

     大声で冗談を言い合ったり高笑いしたりと、常連者らはいかにも慣れた様子だ。


    「あんな名人がでるんやったら絶対に無理や

     そう言って慎也は苦笑いした。


    「いや勝負はやってみなけりゃわからんで」

     と言う隆人の口元はすぐに閉じて歪んだ。


     受付が始まると予選のくじ引きで慎也は三番目を引き当てた。

     鮎釣り大会はくじ引きで入選順位を決める。

     とにかく釣れる場所に入れなければ勝つことは出来ない。


    「よしっ、オレが吊り橋の上からポイントを見てきてやるから待ってろ」

     言うが早いか隆人は土手を駆け上った。

     二人には仄かな勝機が湧きあがった。

     息を切らせて隆人が戻ってくる。


    「橋の真下の突き出た岩、下手右岸の柳周り、上の左岸の渕尻、下中央のトロの順や」

     隆人は荒がる息を整えると、周りに聞こえぬように慎也の耳元で囁いた。


     くじ順に選手が整列する

     もう笑っているものはいない。


     誰もが出走前の緊張に包まれていた。

     試合開始のラッパが鳴る。


     慌ただしく囮鮎が配布され始めた。

     慎也は曳舟に囮鮎を二匹入れてもらうと下流に駆けだす。

     砂利に足下を掬われながらも必至で走る。


     一番くじと二番くじの選手は上流を目指していた。

     慎也は、隆人に教えられた柳の木の向かいに到達すると素早く竿を伸ばした。


     制限時間は二時間、上位二十五人までが決勝に進む。

     慎也の竿がいきなり曲がった。


    「おーしゃあええぞぉ慎也っ」

     橋の上から隆人の声が飛ぶ。


     見物人の数ももの凄い。

     しかも、全国から応援に駆けつけている。

     中には名人の名前を書いた上りまではためかせている一団もある。


    「あの下の若いの結構釣ってるなあ」

     と、誰かが慎也を指した。


     慎也は順調に釣果を伸ばしていた。

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