「あはい、お願いします」
と僕はちょこんと頭を下げた。
「どちらからおいでなさった」
と男が訊く。
「津田です。あ、徳島市内の」
と答えると男は鮎をオトリ缶に移しながら、「へー、津田って海の直ぐそばやろ。なんでまた鮎に」
と口元を緩めた。
「転勤族なので。もともとは山育ちですから」
そう言うと男は納得したような表情をして、コンテナハウスに貼り付けてある大きな地図を指さした。
「ここで昨日四十七匹釣れてます」
男は現在地から最短で行ける近道を僕に教えた。
「ブクブクを持ってなくても十五分ぐらいで着きますよ」
またブクブクと言われた。おそらくオトリ缶に空気を送るポンプのことだろう。
「ただこのオトリ缶では着いた頃にガタゴト道なんで水が無くなってしまいます。これでもかぶせて行きなさい」
とタオルを濡らしたのをオトリ缶にかぶせてくれた。
僕は丁寧にお辞儀をして言われた場所に車を急がせた。
きっとそのような場所は釣り人でいっぱいなのだろう。
初心者なのでそのようなところにはあまり行きたくはないが、男の親切に応え無ければという気持ちにもなった。
現地に到着した。沿道に車が三台止まっている。
意外に少ないので少し安心をした。
河原は藪に覆われて見えない。
ここから小道を歩いて行かなければならない。
オトリを一刻も早く川の水につける必要がある。
助手席にあるオトリ缶のタオルをそっとめくった。
良かった。
オトリは丸いオトリ缶の中をゆっくりと泳いでいた。