小市民のイージーライフ

日常生活の様々な話題を綴るブログですがしばらくは小説を書いてみます。

    2020年06月

     これまで、鮎釣りを通していろいろな方と出会い様々な経験をした。

     最近ふと、自分の人生とも言える鮎釣りに目標を持とうと考えた。


     一つ目は、百河川を釣行すること。

     二つ目は一日百匹釣ること。

     そして三つ目は尺鮎を釣ることだ。


     鮎釣りを始めて今日までの釣行河川は52河川。

     一日の最高釣果は96匹。

     最高長寸は29センチだ。


     おかしな話なのだが、心のどこかではいつまでもこの目標は達成できない方がいいのではないか、とも思っている。

     

     達成して終わるよりも目標を追い続けていく。

     自分の深部に宿る力を信じながら、やがて知らぬ間にフェードアウトしてくのが自分らしいし幸せなような気がするのだ。


     今年、帰郷の際に僕の鮎釣りの原点である徳島の勝浦川に寄ってみた。

     指折り数えてみると二十四年ぶりだった。


     さすがに川相は変わっていたが、堰堤や大きな石はそのまま残っていた。


     あの時鼻カンもろくに通せなかったのに、と僕はオトリ鮎に素早く鼻カンを通して瀬に送り込んだ。


     と、いきなりダダンガンガンッ! と強烈なアタリだ。


     野鮎に竿をのされて必死で下流に走った。

     滑ってつまずいて、尻餅をついて這いつくばったまま竿を立ててずぶ濡れで耐えた。


     ものすごい引きだ。

     右往左往してやっと取り込んだのは、27,8センチははあろうかというでっぷりした野鮎だった。

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     真っ青な空に向かってウホォーッと奇声を上げ、川にへちゃりこんだ。


     対岸には一面敷き詰めたように黄色ひまわり畑が広がっている。

     カブのおじさんが乗り付けて「にいちゃん、釣れとるかい?」と声を上げ


     「今でかいのがきた」と返して大きく手を振る。


     息切れがし、熱波で景色が茹だって湾曲した。


     沸き上がる入道雲を遠望しながらゆっくりと立ち上がる


     いつの間にこんなに歳を取ったのだろう。

     人生は胡蝶の夢、とはよく言ったものだ。


     僕は、一歩また一歩と足下を確かめるように上流へと進んだ。


     清らかな川の流れに身を重ねながら、これからもこうやって生きていくのだろうと。


                                       了

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     鮎釣りに限らず、趣味の楽しいところは自分で自由気ままにやれることだろう。

     誰にとがめられることもなく自分の考えどおりに物事を進めていける。


     当たり前なのだが仕事とはそこが決定的に違う。

     仕掛けづくり一つにしても、延々と夢中になって試行錯誤を繰り返す。


     その時は仕事の事も忘れ日常の不安や嫌な事からも遠ざかることができる。

     自分の作った仕掛けや考えが釣果として返ってきたときの喜びは大きい。


     この点においては仕事でも何かをやり遂げたり成功した時の喜びに似ているかもしれないが、たいていの職場ではそれはほとんど無に等しいだろう。


     やはり趣味の世界と仕事には程遠いものがある。

     それができるような職場環境なら仕事を趣味と呼んでもいいだろう。


     数年前民間に勤めながら研究を続けてノーベル賞を受賞した方などが特殊なケースとして当てはまるのだと思う。

     僕のような普通のサラリーマンは勇気を出して自分の考えや意見を述べたとしても、最終的には上司に逆らわず会社に従わなければならない。


     どのような場面でもそれに耐え波風を立てぬような努力の対価として給料をもらって家族を養っているのである。


     ひょっとして私は鮎釣りに逃避したのだろうか?


     祖父に初めて鮎竿を持たせてもらった時にはこの世界にこれほど没頭するとは思わなかった。


     一つのきっかけは家内との大ゲンカで、その挙句にボーナスで鮎釣り道具一式を買いそろえるという暴挙に出たのであるが、思い返せばその発端も仕事と家庭のスケジュール調整がつかないことが原因であった。


     結局、逃げたかったのだ!

     とんでもない弱虫だ・・・・・・。


     そんな自分をオトリ屋さんは笑顔で迎えてくれる。

     河原で初めてあった人は親切にどこで大きいのが釣れたとかを教えてくれる。


     私はいつも鮎釣りで出会った人々から癒され慰められ励まされてきたのだ。


     そこには社会的地位も名誉もない。

     みんながただひたすらに鮎を釣りたいという気持ちの共有と、時には競争心のぶつかり合いもあって面白い世界なのだ。


     川に浸かって竿を伸ばせば仕事や日常のアクがサッと洗い流されてリフレッシュされる。


     気づいたら、鮎釣りはの人生にとってかけがえのない必要不可欠な時間となっていた。

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     私は週末、故郷の安田川に帰った。

     いよいよ金属糸の仕掛けを実際の釣りで試すときが来たのだ。


     私は祖父から初めてアユ釣りを教えられた場所に立った。

     いつものようにオトリ鮎に鼻カンと逆バリをセットして静かに水面に放った。


     泳ぎが早い!

     流心の方に向かってズンズン進んでいく。


     手元にナイロン糸では感じられなかった感触が伝わってくる。

     と、突然ダンッという振動が手元に伝わった。


     きたっ! 


     目印が縦横無尽に水面を駆け回る。


     激しい手ごたえに息を止めて竿を立てた。

     切れるなー切れるなーと願いながら竿をためていよいよ引き抜きの体勢に入った。


     アユが観念をしたように浮き上がり、オトリ鮎の口先が水面でピクピクと動いている。

     力を入れて肘を曲げると竿を上方に突き上げた。


     空中に舞い上がった2匹のアユがまっすぐに飛んでくる。

     ズザッ!


     しゃがんでタモ網を川に浸すと真っ黄色な背掛かりアユが腹を返した。

     私は安堵のため息とともにこれまでのナイロン糸との違いを驚きをもって反芻していた。


     その日の釣果は38匹だった。
     帰宅して報告すると祖父が驚いたのは他でも無いが、実家の両親も驚いていた。

     噂はその晩のうちに近所や釣り友人に広まった。
     誰がやっても10~15匹しか掛からない場所で、38匹も掛けたらみんな驚くのは当たり前だ。

     まぐれにしては数が多すぎる。
     金属糸のことを教えてくれた友人からも電話がかかってきた。

     僕は金属糸の顛末を友人に話した。

     だが、僕の釣果を認めない者はまだいる。


     その夜のうちにあの場所には鮎が集まっているとの噂が広まった。

     翌日、何人かの釣り人が朝早くから訪れていた。


     僕が釣り場に現れるとその釣り人らは僕の一挙手一投足を観察しているようだった。


     僕はあえて釣り人の竿を出していない上手の早瀬に竿を構えた。

     いきなりバツンッと振動があり1匹目が掛かった。


     釣り人らは自分の釣るのを止めて僕の方ばかり見ている。

     僕の竿は曲がり続けた。


     この日は終日釣って42匹だった。


     他の釣り人は16匹釣った者が最高だったらしい。

     僕は一躍腕の立つ鮎釣り師として噂をされるようになった。

     今日、今シーズンの釣果を足し算したら567匹でした。

     なんか昔に戻ったみたいっす(^0_0^)

    025

     要因のひとつはコロナです。

     全く酒を飲みに行かなくなりました。

     ほぼ毎日居酒屋とかバーとかスナックに通っていたのにピッタリ行かなくなりました。

     これが大きい!

     

     鮎釣り夜宴もしなくなったので翌日二日酔いで釣果がガタ落ちということもなくなりました。

     自分の場合は酒の量と鮎の水揚げの量はキレイに反比例しているのです。

     

     それからもう一つの要因。

     それは有田川ダム上に今年放流された岐阜の海産鮎です。

     

     3トンのうちの三分の一の1トンが放流されたらしいのですが、これが解禁から瀬でよく掛かりました。

     真っ黄キーで体高も横幅もあるメタボ鮎のアバレ掛かりは衝撃でした。

     

     解禁日はアクシデントがあって14時に納竿で55匹となりましたが、私の経験上では80、90よもや3桁釣りのペースでした。

     

     何年か前の解禁日に青地橋の後にガバチャのパンツと呼ばれる場所で、短時間入れ掛かりペースを味わったのですが、あの時の鮎とは全然質が違います。

     

     あれは淵の駆け上がりの三角パンツ状のツボにピンポイントで大挙して群れこけていた鮎たちで、翌日に他の釣り人がそこに入ってパンツだけで150匹ほどを釣り上げたのですが全く立ち位置を動かずの釣りでした。

     

     その場所から外れたうちのメンバーは周辺をウロチョロするもツ抜けすらできなかったのです。


     まさに今世紀最大のアユの蝟集事件として、有田川ダム上史の的外れな表現としてのエポックメイキングとなったわけです。


     がしかーし、今回の岐阜産の瀬釣りは広範囲のツキ鮎の釣りでした。

     一つの瀬を動き回って釣る正規の釣りです。


     夢中になりすぎて、膝は笑うし腰は踊るしヨダレはくるしのまさに還暦最後のエクスタシーで、全身の血がいや肉がいやDNAまでもが恍惚の中で沸点に達して魂ごとピューッて昇華したのです( ゚Д゚)

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     今年の有田川ダム上は解禁からしばらくは皆さんそのような面白い釣りをされたようです。

     岐阜の海産には琵琶湖の遺伝子が組み込まれています。

     追いがよく冷水病に強いを売りに開発されたそうです。

     

     なぜ今年岐阜の海産を入れたのか。

     それは毎年入れている山口産鮎の供給が何らかの事情で間に合わなかったからだと言います。

     

     来年からもこの岐阜の海産を入れてほしいし、もっと量を増やしてもいいのではないでしょうかね。

     

     もちろん現時点での評価なので、これからドシャっと大雨が降ってどうなるのか、そのあたりの評価をしてからでないと迂闊なことは言えませんけど、今日時点までならガバチャ的には花丸100点でしょう。

     

     ここ数年は1000匹に大きく届かずが続いていましたが今年は昔のガバチャに戻って射程内に入りました。

     

     釣った鮎は一緒に釣りに行ったメンバーやら柴崎おとり店やら近所の奥さんやらに全部寄付して自分で食べたのは3匹だけって・・・・

    いったい自分ってなんで鮎釣りやってんやろか()

     

     6月の末で567匹なら7月の末には678匹でかなりのペースダウンかも


     そろそろ高知の両親にも送ってあげる季節になったみたいですネ(*´ω`)

    016


     寝ても起きても金属糸のことで頭がいっぱいだった。

     小遣いはあればあるほど直ぐに使ってしまうタイプだ。


     金属糸を買うために友人らとの居酒屋での付き合いを暫し止めることにもした。

     どうしても金属糸を使ってみなければ気が済まないのだ。

     そしてついに金属糸を購入した。

     

     子供が起きている間は作業ができないので、寝静まってから作業に取りかかった。

     普通の裁縫糸で何度も練習してからいよいよ実際のナイロン糸を金属糸に編み付ける作業に入った。


     腫れ物にでも触るように慎重な手つきで金属糸を取り出


     編み付けるためには、常に金属糸を緊張した状態にしておかなくてはならない。

     これが意外にうまくいかない。


     洗濯ばさみや鉄アレイを持ち出してなんとか緊張をできる状態を作り出した。


     金属糸に軽くナイロン糸を結んだ。

     ゆっくりと編みつけを始める


     張らず緩まずの状態でリズムよく編みつけた。

     なんとかやっとひとつ完成する。


     編みつけたナイロン糸をゆっくりと引っ張るとあっさりすっぽ抜けた。

     失敗だ、またやり直し、と何度か編みつけるうち徐々に慣れてきた。


     二十回ほどやったら、ナイロン糸はまったくすっぽ抜けなくなった。

     念のために瞬間接着剤を一滴垂らした。

     

     乾いてから慎重にナイロン糸を引っ張ったがびくともしない。

     やっと編みつけに成功した。


     天井糸の方も編みつけて仕掛け全体が完成するまでにどれだけの神経と時間を費やしたかわからないほどであった。


     仕掛けを多く作ろうと水中糸の長さは三メートルにした。

     金属糸は十二メートル巻なので四セットの仕掛けができたことになる。

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