小市民のイージーライフ

日常生活の様々な話題を綴るブログですがしばらくは小説を書いてみます。

    「どうぞ」

     舞が皿に盛ったお寿司を隆人に差し出した。


     隆人は礼を言いながら舞の顔を間近ではっきりと見た。

     雅との違いを見つけようとしたのだがどこにも見あたらない。


     本当にこれは雅なのではないのか。

     自分は夢を見ているのではないだろうか。


     雅なら今三十のはず。

     強いて言えば舞はもう少し若く見えるが、女の歳など化粧一つですぐにわからなくなる。

     舞の口から出る流ちょうな土佐弁が不思議でたまらなかった。


     舞が慎也の方にお寿司の皿を差し出した。

     慎也は舞にちょっと会釈をしただけで、また、年配者らと歓談を続ける。


     慎也はこんなにも雅似たを前にしてどう思っているのだろうか

     舞という女を他人のそら似だと思っているだけなのだろうか。


     隆人は昨夜橋の上で慎也が突然笑い声をあげたことがずっと気になっていた。


     慎也が自殺未遂まで起こしたあの頃に逆戻りするのではないかという不安に駆られたからだ。


     隆人は安田川でこんな予期せぬことが起こるとは夢にも思わなかったと、コップ酒を一気にあおった。


     とにかく舞が雅でないことを自分がしっかりと確認し、慎也に認識させる必要がある。


     隆人は繰り返される献杯の最中、舞と話をする機会を伺った。


     宴はますます盛り上が


     酔った老人がよさこい節を歌い始め、皆の手拍子が鳴り始めた時だった。

     舞の兄が急に立ち上がって甲高い声を上げる。


    「おんしゃあらあ(お前達)、何しに来たがなやっ」

     よさこい節が止まった。


     舞の兄が指さす方に目をやると暗闇の奥に二人の男が立って近づいてくる


     一人は小柄でがっしりとした体躯、もう一人はとてつもなく上背のある相撲取りほどの大男だ。


    「純太と銀治か」

     中村はコップ酒を傍らに置くとポッカリと浮かぶ月を仰いだ。

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     隆人は舞を見つけるとすぐさま慎也の顔を伺った。

     慎也は舞に視線を向けるでもなく平然としたままだ。


     村長の乾杯で宴会が始まった。

     テーブルの上には土佐の皿鉢料理が幾皿も並び、大きな炭火の周りには沢山の串刺しの鮎が並べられている。

     鮎は、ジュウジュウと肉汁を垂らし身を反らしていた。


    「さっきまで生きちょったがです。焼けちゅうがを食べてみて下さい」

     村長がホクホクに焼けた鮎を勧めた。

     鼻先に塩焼き鮎の香ばしい香りが漂


    「う、旨い。こら旨い

     隆人はあっという間に数匹をたいらげた。


    「どうです、日本一の鮎は腹の苦みが違いますろ」

     村長は自慢げ言うと、今度は一升瓶を傾けて日本酒を勧めた。


     鮎は川の石に生えた苔を食べる。

     その苔が鮎の腑の中で独特の苦みをつくりだして旨味を決定するのだ。


     馬路の鮎は脂の乗ったほの甘い白身に良質の腑の苦みが溶け混じって、何ともいえぬ美味しさを醸し出していた。

     ところが、村長に注がれた酒がめっぽう辛い。


    「地酒の土佐鶴ながです。辛いけんどこの酒が馬路の鮎には一番合うがです」

     しかめっ面の隆人の顔を見て中村が笑った。


    「おい、ウルカも持って来ちょったろが。出いちゃってん」

     頭に手拭いを巻いた中年がよろけて立ち上がった。

     舞の兄だ。

     ウルカとは鮎の腸の塩からである。


    「酒に最高ながよ」

     瓶詰めのウルカが小皿に盛られた。


     始まって半時間も経っていないのに、隆人も久米ももう酔っぱらってきた。


     高知は献杯といって、自分の飲んだ杯を交わしながら次々とみ合う

     また、女性も男性同様に酒を飲む土地柄だ。


    「寿司も食べてみて下さい。馬路の寿司は柚子がきいちょって旨いですぞね」

     エプロン姿の清子と呼ばれる女性が、隆人の横で皿鉢を差し出した。


     皿鉢には大きな鯖の姿寿司や海苔巻きなどが色とりどりと盛られている。

     隣に舞が寄ってきて寿司を皿に盛り始めた。

    キャプチghghャ

     馬路村は全国屈指の林業の村だった。


     明治四十年には安田川沿いに軌道が敷かれ、人力トロリーによる原木の搬送が行われていた。


     大正十二年には、アメリカのポーター社の蒸気機関車によって本格的な森林鉄道時代が幕開けし、良質な杉が馬路の山から都会へと切り出されていった。


     かつての森林鉄道はここから更に二十キロ以上も山奥まで木の枝のように蔓延り、全国にも名高い魚梁瀬千本杉にまで通じていた。


     その森林鉄道の駅がこの森林組合の場所にあり、ここから土場迄の間が日浦地区という商店街となっていた。


     森林鉄道は原木輸送だけでなく、村交通手段や生活物資の搬送としても活躍した。


     自動車がまだ普及されていない頃から新鮮な海産物や薬など様々な物資が、森林鉄道によって都会から馬路村へと運搬されてきた。


     現在の柚子加工品などに見られるような、都会に負けぬ先見性はこの森林鉄道によって養われたのかもしれない。


     昭和三十年代前半には村の人口は三千五百人にまで達した。


     映画館やパチンコ屋まで建ち並ぶ日浦地区は杣夫達の歓楽街となり、昼間から三味線を担いだ芸者が歩いていたという。

     今は見る影もなく、偶然残った古ぼけた看板だけが当時の勢いを語りかけているようだ。


     その商店街の終わりに土場がある。

     

     土場とは貯木場ことであるが、今は材木は無くただの広場になっている。

     最盛期はこの土場に見上げるほどの材木が積み上げられて沢山の重機が動き回っていた。


     土場の入り口に建つ営林署では都会から来た官僚たちが事務を執っていた。


     外材に押され国内林業が衰退するとともに、営林署も縮小され徐々に村の様子変っていった。


     今は林業に替わって農協による柚の加工が盛んだ。


     馬路村のポン酢醤油や柚ジュースのごっくんは、全国的にも人気を得ている。

     その勢いを象徴するかのように、かつての営林署の建物には農協が入っていた。


     河原に机と椅子が並べられ豪華な皿鉢料理での宴会が用意されている。


     慎也らが降りると拍手が起こった

     村長をはじめ村の幹部や農協、青年団など五十名ほどが出迎える。


     その中には清岡舞の姿もあった。

    キャw.プチャ

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