毎朝通勤で出会う女性がいる。
年の頃なら30前後。痩せていて髪を背中まで伸ばしている。
彼女はいつも足早な通勤ラッシュの群れに飲まれ、そして一人ぽつんと置いて行かれる。
足が悪く、びっこを引いているのが原因だ。
ある日、わたしはいつもより早く自宅を出た。
ずいぶんと手前の信号で彼女の後ろ姿に追いついた。
彼女を追い越し横断歩道を半分ほど渡ったところで青の信号が点滅しはじめる。
まさか、と思って後ろを見たら彼女が血相を変えて向かってくるではないか。
間もなく信号は赤に変わる。
不自由そうに体を左右に動かしながら一生懸命歩いている。が、どう考えても渡りきるのはムリだ。
彼女は駆けることができない。
どんなにがんばっても、健常者の歩く速度の半分程度だ。必死の形相が、私と視線を合わせたような気がした。
歩行信号が赤に変わる。
わたしは観念し、横断歩道の途中で立ち止まって彼女を待った。
車の方に大きく手を挙げ何度も頭を下げた。
ハンドルを握るおじさんの口がとんがる。
後続の車のクラクションが鳴り、通勤の群れが振り向く。
彼女は満身で息を切らせ、わたしに追いつくと肩をつかんでよろめいた。
慌てないで、とわたしは落ち着かせるように彼女の肩を抱き横断歩道を渡りきった。
一斉にエンジン音を上げて車が発車する。
彼女は俯くとはぁはぁと肩で息をした。
「大丈夫ですか」と声をかけると、彼女は息を整えながら「すいませんでした」と深く頭を下げた。
気をつけてくださいね、とやんわり返しわたしはまた歩き始めた。
あの状態でなんであんなにムリをするのだろう、とわたしは思った。
がしかし、よくよく考えると自分だって似たようなことは何度もしていた。
彼女にどんな事情があったのかはわからないが、下手をすれば車いすや外出もままならないことになっていたのかもしれない。
外を歩けるって楽しいことだよな。
少しぐらい歩く速度が遅かったとしても、わたしと彼女の間にさほどの径庭もないよ。
そう思い直して振り返ると、彼女の不自由そうに歩く姿ががぜん生き生きとして見える思いがしてなぜだか嬉しくなった。
がんばれ彼女!
わたしも同じオンリーワン。
個性はみんな素晴らしい。