まいどー! 有田川ダム上の柴崎おとり店です(^^)/

和歌山県有田川ダム上にある柴崎おとり店のサイトです。 鮎釣りの遊漁券とオトリ鮎を販売しております。 鮎釣りの皆さんお気軽にお越しください(*‘ω‘ *) 柴崎おとり店 〒643-0601 和歌山県有田川町押手770-2 ☎073-726-0413

    有田川ダム上の水況などetc.


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     その数日後、ボクの小便が会社の便器を血で真っ赤に染めた。
     真っ白な便器に鮮血がベットリだ。

     気が動転したが、出かかったものは全部出さないと仕方ない。放尿を終えると、慌てて水道の水を手で掬って便器に何度も掛けた。鏡に映った自分の顔をまじまじと見た。少し息が上がって火照っている。さっき水を掛ける為動いたからだろう。どこも痛くない。いつもと同じだ。体調に何の異変も無いことがかえって不安を助長する。

     半年前の職場の健康診断では何も異変はなかった。
     昼休みに、職場の書棚にある家庭の医学を読んだ。

     症状からすると、腎臓結石など体内に出来た石の可能性が高いが、四十代以上で痛みのない場合は癌の可能性もあるとのことだ。特に、家系に癌があれば要注意と書かれてある。家系に癌は居ないけど、気になってしかたがなかった。
     残業もそこそこに退庁した。

     夜、浅い眠りから布団をはね除け上半身を起こした。目覚まし時計は二時を回っている。家内は横で静かに寝たままだ。外でカタンと物音がした様な気がした。そっと立ち上がってカーテンを捲った。薄暗い街頭がアスファルトを照らしている。誰もいないし、何もない。異様に静かな夜だ。夜中とはいえ車の音さえ全く聞こえない。

     星のない妙に重量感のある闇が町全体にのし掛かかり、地上のもの全てを押さえ込んでいるようだった。静かすぎる。みんな死んでしまったんじゃないのか。いや、ボクが死んでしまっているんじゃないのか。そんな馬鹿なことを考えて家内の寝息を確かめた。家内が寝返りを打つ。それを見てまた布団に潜り込んだ。横向きに体を丸めひたすら朝を待った。陽光に照らされた明るい朝を想像し、ただひたすら夜の明けるのを待った。

     翌日、家内に内緒でN医科大学病院に行った。
     医者は、ボクより遙かに若かった。症状を言うと、妙に深刻ぶって時々首を傾げる。医者が首を傾げる度、不安になった。

    「エコーを撮って内臓を見てみましょう」
    「痛いんですかねぇ?」
     子供のような質問に、小難しい医者の顔が解けた。

    「超音波ですから、痛みは全然ありませんよ」
     処置室と言うところに案内された。
     
     ベットに横になると、手の平より少し大きいぐらいの白いセンサーを当てられた。医師はモニターを眺めている。気にしながらモニターの方を見ると、医師はモニターを向けて見せてくれた。

    「これがあなたの腎臓です。腎臓は腫れもなく標準的な形をしてますねぇ。今度は膀胱を見てみましょう」
     医師は、センサーを押しつけながら、ボクの下腹部の方にずらしていった。
    「膀胱も特に異常は見られないようです。前立腺かもしれませんねぇ。前立腺を調べましょうかねぇ」
     医師はセンサーを片づけると、看護婦が処置室から退去した。嫌な予感がした。

    「今から前立腺を調べます。肛門に指を入れますから、一寸痛いですけど我慢して下さい」
     何てよ! 肛門に指入れるってか。勘弁してくれよぉ。

    「全部降ろして、仰向けのまま両手で膝を抱えてお尻を突き出して下さい」
     医師は、サディステックな表情で右手を立ててゴム手袋を填めた。
    「はい、入れますよ」
    「あたっ!」
    「はい、力抜いて下さーい。はい、もっと力抜いて下さーい」
     どうにでもなれと肛門の筋力を諦めたら、ズブリと医師の指が入ってきた。うぐぐっ。

    「ここ痛いですかー? こちらは?」
     医師の問いに全て痛いと答えた。肛門に指を指され、クリクリこね回されたら痛いに決まってる。もっとも、疣痔気味であったことも原因かもしれないが。
     
     やっと終わって医者が指を抜いた時、額には脂汗が滲んでいた。こんなんで何が分かるっつーんだ、若造。肛門をヒリヒリさせながら、すり足で診察室に戻った。

     結局よくわからなかったため、日を改めて精密検査を行うことになった。全ての検査が終わるのは一月後だ。

     病院を出て職場に向かった。
     癌だったらどうしよう。医療が進歩してるったって、癌にはかなわないよな。陽の明るさに助けられてか、夜中ほど深刻にはならないが、不安が腹の中にこびり付いている。
     家内には、まだ話さないでおこう。心配を掛ける時間が長くなるだけだ。最悪な結果なら知るのは遅いほど良いだろう。たいした結果でなければ言わなければいい。

     って、まさか家内への思いやり? 自分でも不思議だった。美しすぎるぜベイビー。こんなことになって家内を思いやる気持ちを発見するなんて、意外だよな全く。
     それにしても、電車がなかなか来ない。急行の止まらない駅なんだ。吹きっさらしのホームで、三月の空っ風が薄着の体を心まで冷やした。
     
     翌朝、強烈な腹痛で目が覚めた。
     下腹部を、つま先で思いっきり蹴り上げられた様な激痛だ。呼吸すらままならない。
     家内が、大慌てで病院に送ってくれた。ボクは、N医科大学病院に行くことを家内に求めた。家内も大きな病院がいいと、応じてくれた。
     昨日とは違う若い医者だった。

    「前日の血尿からしても、おそらく結石だと思います。今、どこか抓られるような痛みは無いですか」
    「左の背中の後ろの方が」
     絞り出すような声で答えた。

    「おそらく腎臓結石でしょう」
     レントゲンを撮った。

     左側の腎臓に、砂粒ほどの石が三個写っていた。そのうちの一つがはがれたらしい。
     念のため、精密検査は予定通り行うこととした。

     家内に、昨日からの事を話した。家内は血尿を心配したが、自分の父親の例を挙げて、結石であることを強調した。強烈な痛みがあったことで、気持ちは幾分軽くなった。

     一月後、精密検査の結果が出た。
     右側の前立腺にも石が一個あった。左側の腎臓には石が二個あり、あの時はがれた一個は体外に出たようだ。癌などの命に関わる原因は無かった。痛み止めの服用剤と座薬を貰って解放された。

    「仕事行くから紀三井寺の駅まで送って」
    「あんた大丈夫? 今日は休んだら」
    「あぁ座薬が効いて全然大丈夫や。痛みが止まったら何ともないんや」
    「まぁ、なんかあったら電話してや」
     家内が妙に優しかった。

     座薬が効いたのか、一日中痛みは襲ってこなかった。
     残業して帰宅すると、マーモーが柵の中で走り回っていた。キュウリを持って覗きこむと、見ろボクの若さをと言わんばかりにジャンプまでして見せた。

     マーモー、ボクにもそんな時代があったんやで。そんなちょこっとしたジャンプやない。一晩で神戸、大阪、和歌山と、大阪湾半周してはしご酒したこともあっったんや。

     ボクは、シャリシャリとキュウリを頬張るマーモーの首筋を指先で撫でた。

     若く暖かい体温が指先に伝わってくる。軽く押しつけると、張りのある筋肉がこりこりと跳ね返ってきた。黒い宝石のような眼球が、円熟した生命体の証のようにキラリと光る。やっぱり、命の鮮度は目だな。目は、その生き物の心理や身体を如実に現わす。マーモー、お前は溌剌としている。この瞬間、あまねく存在する生き物の中で、一際美しい生を放っている。

     ボクも肖りたいものだよ全く。
      マーモーの、精密で光沢のある瞳、躍動感溢れる身体をいつまでも羨望した。

     結石はそれから二年ほども続いた。
     決まったように秋に症状が出た。医者の話では、夏に作られた石が、秋に降りてくるのだと言うことだった。

     日曜日、マーモーの家を造ることになった。
     次男が、鉄製の檻は狭すぎてかわいそうだと言い出したからだ。 そう言われると、何となくマーモーが監獄の檻の中にでもいるような感じになって哀れに思えてきた。

     ボクは家内に建築届けを出した。
     チラシの裏にマーモー宅の設計図を描き、家内から建築許可を得た。次男を従え、ホームセンターで材料を調達し建築開始だ。
     一メートル四方のベニヤを底板として、周囲に木の柵を設けた。当初設計では、底板は畳一畳のサイズだった。が、予算の関係で家内から建築許可が下りなかったため一メートル四方になった。柵の中には木箱の家を置き底板に牧草を敷き詰めた。

     マーモーのミニ牧場は半日ほどで完成した。
     設置場所はリビングの一番日当たりの良い窓際。

     マーモーは最初は不思議そうに首を傾げていたが、日に日に慣れてきた。いつしかミニ牧場を所狭しと駆け回り、牧草をつつくようになった。時々ヒーコヒーコと鳴きながら、柵に手をかけ二本足で立ったりもする。餌のおねだりだ。

     大好物はキュウリ。シャリシャリと音を立てて気持ちよく食べる。キャベツやレタス、リンゴ、バナナ、トマトなど色々与えたが、やっぱりキュウリが一番好きみたいだ。
     カリカリと柵の木も囓るようになった。こらって言うとぴたっと止まる。そして、直ぐにまたカリカリ囓る。柵の木は、高さ二十センチ、幅五センチ、厚さ二ミリの薄っぺらな板なので、徐々に噛み破られていった。

    「出たいんやな。外に」
    「まあ、あんだけ一生懸命囓ってるんやったら。思いを遂げさせてあげたいわね」
     家内が缶コーヒーをチビリと飲む。

    「柵を一つ外してやろうか」
    「まぁ、せっかく一生懸命やってるんやから自分で出るまでやらしてあげたら。この調子じゃそんなに日はかかんないでしょう」
     家内はマーモーに対しては寛大で優しい。

     それから一月ほど経った頃だったろうか。朝、リビングに入ると部屋の真ん中でマーモーが徘徊していた。

     ボクは驚いたがマーモーの方は驚く様子もなく、こちらをちらっと見ると踵を返した。
     急いで逃げるといった風でもない。こりゃどうもと言った感じの軽快な足取りで、自分の家の方へヒョコヒョコと向かった。そして、自分の歯で破って広げた柵と柵の間をするりと入り抜けた。

    「おい、一晩中遊んで朝帰りか。うらやましい身分やなあ。叱られることもないし」
     マーモーは、振り向いてじっとこちらを見ている。
     ボクはカーテンを開けた。目映い朝日が差し込んでくる。マーモーは柵の外を堪能し尽くした様子で、ゆっくりと横になった。

     家内はまだ起きてこない。夜中二時に目が覚めたら、隣の布団でまだ起きて小説を読んでいた。その頃、マーモーは夜のリビングを悠々と闊歩していたのだ。

     暫くすると、ギシギシと階段が軋む音がする。パジャマ姿の家内だ。頭の毛が飛んでいる。マーモーのことを話したら、とうとう脱出したのと笑顔をつくった。

     マーモーが、柵の広がったところからまた出ようと頭を出した。また出たいんか。忘れもんでも思い出したんか。と、注目するとマーモーは頭を柵の外に出した状態で静止した。

    「うぅ、考えてる。出たら叱らえるんちゃうか思うて考えてるわ」
     と家内が笑う。

    「叱らんから出ておいで」
     家内は、更に嬉しそうな声で両手を差し出して呼びかけた。
     マーモーの静止がかわいい。やがて、きょろきょろ首を振って左右を伺うと、小さな前足を交互にそろりそろりと出した。大きな腹と腰が柵の間だに挟まって絞られる。放漫な体がペタンと音を立ててフローリングに着地した。

    「出た出たっ」
     家内が喜ぶ。
     差し込んだ朝日がレースのカーテンにさんざめく。マーモーの柔らかい毛の一本一本にも光の粒子が降り立った。ぽっちゃりとした放漫な輪郭が仄かに揺れ動く。まるで神秘的な力でも降臨したかのようにマーモーが二、三度跳ねる。埃が粉雪のように舞い上がってマーモーを包んだ。
     
     おかしい、昨日あんなにケンカしたのになんで今朝こんな雰囲気なんだろう。ま、わざわざ蒸し返す必要もないのだが。年のせいか夫婦げんかに勢いと持続力がなくなったような気もするし。ま、それはそれでええか、とか考えてたらマーモーが近寄ってきた。

     ボクと家内をじっと見て口をもごもごと動かす。何か言っているようでもある。
     そう言えば、ケンカの時も小屋から半分だけ顔を覗かせてじっと見ていたっけ。上目遣いの暗い目で覗き見するようにじっと見ていた。きっと、ボクらに言いたいことがあるのだろう。

     あっ、と家内の顔が曇る。
     マーモーのお尻から茶色い粒がポロポロ落ちた。ひぇ~ウンチだぞ。点検するとあちこちに落ちていた。さらに、テーブルタップの線がかじられていた。

    「ま、やっぱり一人で外出するのはあかんわね」
     家内は、かじられたテーブルタップを差し出した。
     ボクは少しばかりは自由をさせてやりたいと思ったが、いつもの調子で、「ええやんか、そのくらい」とやると絶対ケンカになるので、今日のところは、家内との諍いを避け首を立てに振ることにした。

     次男が箱を斜めに持ち上げた。
     マーモーが、ゆっくりと箱の中から滑り出す。

    「で、でかい!」
     ボクは思わず声を上げた。

     体長は二十センチはあるだろう。
     ふさふさとした光沢のある毛、耳が長ければウサギの子供と言っても差し支えない。顔は小さいが、腹から腰にかけてでっぷりと肉が付いている。顔は黒、体は茶色、首のまわりは襟巻きを巻いたような白。その襟巻きの白が、頭の真ん中まで細く伸び、そこで茶髪になって一筋立っている。口元に数本ピンと張った白髭も上品だ。鼻がヒクヒクと動き、クリクリっとした目はキラリと潤んでかわいい。

     我が家との対面に緊張しているのか、マーモーは、紅葉の若葉ほどもないお手々を、グッと開いて固まっていた。

    「脅かしてゴメンやでー」
     家内がはれ物にでも触るように首の横を指先で撫でる。次男が干し草を一切れ取って口の近くに付けた。
     だがやはり固まったまま動かない。

    「あんた、あんまりじろじろ見たらマーモーが怯えるからあかん」
     家内が牽制する。じゃあお前のどアップの顔はなんなんだよ。マーモーから見たら、人間の鼻の穴なんか何か出てきそうで怖いと思うよ、きっと。
     
     それにしても、ペットっていったいなんだろうねぇ。
     みんな犬とか猫とか盛んに飼ってるけど。かわいいから癒される効果はあるんだろうけど、ただそれだけでしょ。悩みの相談に乗ってくれるわけでもないし、何かを生産してくれるわけでもない。ニワトリなら卵でも産んで若干の見返りもあるけど、モルモットなんか乳も出ないじゃない。

    「だからペットなのよ。生産性があったら家畜になるわ」
     家内はまだマーモーを撫でている。

    「インディアンはモルモットを食べるために飼ってたんやって」
     次男は本で読んだらしい。いつか喰ったろかぁ、と言ったら家内からーグーパンチが飛んできた。あた~。
     確かに、これだけ大きくて肉付きが良ければ、腹ごしらえにはなる。毛が毟られて串刺しにされたモルモットが、焚き火でクルクル焼かれる姿を想像した。

     家内も一瞬想像したのかしかめっ面になった。
      ひとしきりモルモットを見たボクは、冷蔵庫に向かい缶ビールを掴んだ。

    「あんた、扶養家族が増えたんやから、これから一寸は節約せんとねえ」
     なぬっ、モルモットが扶養家族ってか。確かに、支出の増加は確実だから理屈には合っている。 最近、我が家では何かと支出削減が叫ばれるようになった。

    「鮎釣り、先週も行ったでしょう。ビール、発泡酒にしたら」
     その矛先は、常にボクの趣味嗜好に向いている。
     確かに、年々給料は下がっているのだ。この下りはいったいどこで底を打つのかわからない。

    「ふぇーい」
     とボクは生返事をして、ビールをこそっと取り出した

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