10月の連休に帰郷した際には祖父は竿を買い換えて軽いものにしていた。
鮎の漁期としては終盤で多くの釣り人が竿を出していた。
祖父に「小便するから持っちょいて」と言われ鮎竿を持たされた。
いきなりバツンッと凄い手応えがあり下手にグイグイと引かれた。
「早うしもにさがれっ」
と祖父が小便をしながら振り向いて声を張り上げる。
僕は足下を確かめながら慎重に瀬を下った。
が、何度も足下を取られそうになりついにはひっくり返った。
竿を手放すまいと両手を突き上げて耐えた。
流されても小さな川なので恐怖心は全くない。
やっと下手の浅場に到達し掛かり鮎の動きが流れの緩いところで止まった。
相好を崩した祖父がたも網を持って駆け寄る。
掛かり鮎は再び抵抗して深みに入ろうとした。
僕は竿を立ててそれをこらえた。
祖父が川の中に入って掛かり鮎を追い回しやっとすくい上げた。
たも網の中でオトリより一回りも二回りも大きな鮎が腹を返した。
「こりゃでかいわい」
と祖父が目を細めた。
僕は全身ずぶ濡れなのに寒さを全く感じなかった。
楽しい! この釣りは面白いと思った。
祖父に弟子入りをして鮎釣りのイロハから教えてもらった。
ただ、僕は転勤族でその時は徳島で働いていて、高知に帰郷したときにしか祖父から直接的な指導を受けられなかった。
子供の男児二人は小学校に上がったばかりでやんちゃな盛りだ。
収入も少なく生活は楽ではなかった。
趣味など楽しめる余裕のない時期に鮎釣りに出会った。
お金のことで夫婦喧嘩をよくした。
何が原因かは覚えてないが、離婚をしてやろうとまで思った大喧嘩をしたことがあった。
ちょうどボーナスの支給日でその頃はまだ現金の入った封筒がそのまま手渡されていた。
額はよく覚えてないが、手取りは三十万円ほどあったと思う。
僕はその日帰宅せずにボーナス袋を持ったまま通勤の自家用車で逃走した。