「慎也、お前もそろそろ着替えなあかんで」
「ああそうやな」
二人は急いで車に戻った。
出場選手らが続々と鮎釣り姿になって河原に出てくる。
「慎也見てみいっ。あれ中村名人やで」
「うん、その横は津本名人やな」
慎也も興奮気味だ。
雑誌でしか見たことのない名人がそこかしこで歓談している。
大声で冗談を言い合ったり高笑いしたりと、常連者らはいかにも慣れた様子だ。
「あんな名人がでるんやったら絶対に無理やな」
そう言って慎也は苦笑いした。
「いや勝負はやってみなけりゃわからんで」
と言う隆人の口元はすぐに閉じて歪んだ。
受付が始まると予選のくじ引きで慎也は三番目を引き当てた。
鮎釣り大会はくじ引きで入選順位を決める。
とにかく釣れる場所に入れなければ勝つことは出来ない。
「よしっ、オレが吊り橋の上からポイントを見てきてやるから待ってろ」
言うが早いか隆人は土手を駆け上った。
二人には仄かな勝機が湧きあがった。
息を切らせて隆人が戻ってくる。
「橋の真下の突き出た岩、下手右岸の柳周り、上の左岸の渕尻、下中央のトロの順や」
隆人は荒がる息を整えると、周りに聞こえぬように慎也の耳元で囁いた。
くじ順に選手が整列する。
もう笑っているものはいない。
誰もが出走前の緊張に包まれていた。
試合開始のラッパが鳴る。
慌ただしく囮鮎が配布され始めた。
慎也は曳舟に囮鮎を二匹入れてもらうと下流に駆けだす。
砂利に足下を掬われながらも必至で走る。
一番くじと二番くじの選手は上流を目指していた。
慎也は、隆人に教えられた柳の木の向かいに到達すると素早く竿を伸ばした。
制限時間は二時間、上位二十五人までが決勝に進む。
慎也の竿がいきなり曲がった。
「おーしゃあええぞぉ慎也っ」
橋の上から隆人の声が飛ぶ。
見物人の数ももの凄い。
しかも、全国から応援に駆けつけている。
中には名人の名前を書いた上りまではためかせている一団もある。
「あの下の若いの結構釣ってるなあ」
と、誰かが慎也を指した。
慎也は順調に釣果を伸ばしていた。